鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第一話 丹波の若侍(1)
第1回 霧村家の若者
霧村朔太郎は、朝から何もする気が起きなかった。
川沿いの小さな集落で目を覚ます。昨夜、どこで酒を飲み、どのようにここへ辿り着いたのか、はっきりとは覚えていない。ただ、頭の奥に鈍い重さが残っていて、目を開けた瞬間から、それが一日分の厄介を予告しているようだった。
茅葺の庇の下。
土の匂いが濃く、湿った木の香りが鼻につく。川霧がまだ残り、朝の光は白く滲んでいる。
身を起こすのに、少し時間がかかった。
体が重いというより、起き上がる理由が見当たらない。
どこへ行くあてもない。
どこかへ行かねばならぬ理由もない。
若さだけが取り柄のような年頃は、とうに過ぎていた。二十をいくつか越え、腕も足も衰えてはいない。それでも、先が見えぬという点では、少年の頃よりも始末が悪い。
武家に仕えるほどの家柄ではない。
霧村という名は、どこにでもある名だ。誇れるほどの由緒もなければ、守るべき土地もない。
一方で、百姓として土に縛られる覚悟も持てなかった。鍬を振るうことはできる。だが、年ごとに同じ畑を見つめ、同じ顔ぶれと老いていく自分を思い描くと、胸の奥が重くなった。
用心棒の真似事をしたこともある。
剣を抜く場に立ったことも、何度かはあった。
だが、腕前で身を立てるほどの切れもなく、誰かの命を預かるほどの覚悟もなかった。荷運びに雇われたこともある。力仕事は嫌いではなかったが、運び終えた先に残るものは、わずかな銭と、次の行き先を探す手間だけだった。
どれも長くは続かなかった。

「……今日も、か」
誰に向けたとも知れぬ言葉を、小さく吐いた。
言葉は湿った空気に溶け、川のせせらぎに紛れて消えた。
立ち上がり、顔を洗うために川へ近づく。水は冷たく、指先が痺れた。顔を上げると、霧の向こうに集落の屋根がぼんやりと見える。人の営みがあることは分かるのに、その輪郭は曖昧で、自分がそこに含まれているのかどうか、判然としない。
朔太郎は腰に下げた刀に、ふと手を触れた。
抜くための理由は、ここにはない。
だが、捨てる理由も、見つからなかった。
日が高くなるにつれ、霧は少しずつ薄れていく。それでも、胸の内の靄だけは晴れなかった。今日という日を、どう終えればよいのか。その見当すらつかない。
歩き出すことはできる。
だが、進む先がない。
朔太郎は、その場を動かなかった。
今日という日を、どう終えればよいのか、まだ分からなかった。


