鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(8)

鬼の置き場所

夕方の冷えが、ゆっくりと町に降りてきていた。

 昼間の賑わいが嘘のように、
今は人影もまばらだ。

 昼に登った山の気配が、
まだ体に残っている。

「節分の時期は、
 ここ、すごい人になるんや」

 嵐山が、鳥居の方を見ながら言った。

「京都の節分いうたら、
 吉田神社は外されへん」

創作小説の挿絵

 悠夜は、境内を見回した。

 静まり返った社殿。
 落ち葉を踏む音だけが響く。

「節分って……
 鬼を追い払う日ですよね」

 真衣が言う。

「せや」

 嵐山は頷いた。

「けどな、
 京都の節分は、
 “鬼を消す” 行事やない」

 三人が顔を上げる。

「鬼はな、
 もともと “外から来るもん” や」

 嵐山は、
ゆっくりと言葉を選んだ。

「疫病。
 飢饉。
 戦。
 災い。」

「それを、
 “鬼” いう形にした」

 悠夜は、
これまで聞いてきた話を思い返す。

 大山。
 相模川。
 酒呑童子。
 鬼を狩る者たち。

「つまり……
 鬼って、
 倒す敵というより……」

「そうや」

 嵐山は、即座に受けた。

「 “人の側に置かれた恐れ” や」

 節分の豆撒き。
 鬼は外。
 福は内。

「追い出す言葉を使うけどな」

 嵐山は続ける。

「実際は、
 境界をはっきりさせる儀式や」

 真衣が、小さく頷く。

「内と外、ですね」

「せや」

 嵐山は、社殿の奥を指した。

「京都はな、
 境界の町や」

 都。
 政治の中心。
 信仰の中心。

「せやから、
 鬼は “消えへん” 」

「どうするんですか」

 蓮が聞く。

「居場所を決める」

 嵐山は、そう言った。

「ここから先は来るな。
 ここまではええ。
 それを、
 儀式で決める」

 悠夜は、
境内の闇を見つめた。

 確かに、
何かを封じているというより、
距離を取っているように感じる。

「吉田神社の節分はな」

 嵐山は言う。

「都の中に
 鬼を閉じ込める行事やない」

「都が続くために、
 鬼を “外” に置き続けるためのもんや」

 沈黙が落ちた。

 風が吹き、
木々がざわりと鳴る。

「……じゃあ」

 悠夜が口を開いた。

「鬼を、
 面白おかしく扱うのって……」

 嵐山は、
一拍置いてから答えた。

「それはな」

 声は低い。

「境界を、
 忘れるいうことや」

 三人は、言葉を失った。

「鬼を怖がらんようになるのは、
 悪いことやない」

 嵐山は続ける。

「せやけど、
 畏れまで手放したら、
 鬼はただの飾りになる」

 境内の奥に、
闇が溜まっている。

 だがそれは、
敵意ではない。

 ただ、
そこにあるものだ。

「大江山はな」

 嵐山は、
ふと、遠くを見るような目をした。

「その “置き場” や」

 鬼が棲んだ場所。
 追いやられた場所。
 それでも、
 完全には切り捨てられなかった場所。

「だから、
 今でも名前が残っとる」

 悠夜は、
胸の奥で何かが動くのを感じた。

 鬼は、
消えない。

 追い払われても、
祓われても。

 ただ、
人がどう向き合うかで、
姿を変えるだけだ。

 吉田神社の境内を出ると、
夜の京都が広がっていた。

 静かな町。
 長い歴史。

 そのどこかに、
まだ鬼はいる。

 ――そして次は、
 その “置き場” を、
 自分たちの目で確かめに行く。

 悠夜は、
無意識のうちに、
大江山の名を思い浮かべていた。

 旅は、
いよいよ
核心へ向かおうとしていた。