鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(12)

酒呑童子の供養塔

福知山の朝は、静かだった。

 宿の窓を開けると、山から下りてくる冷えた空気が、そのまま部屋に入り込んでくる。町はすでに目を覚ましているはずなのに、物音が遠い。

「今日は登るで」

 嵐山はそれだけ言った。

「頂上まで行くんですか」
 真衣が聞く。

「行かへん」
 嵐山は首を振った。
「今日は、供養の場所までや」

 前日の博物館で、話は聞いていた。
 酒呑童子は、都では討たれるべき鬼として語られてきたこと。
 そして、この山中に、酒呑童子の供養塔があること。

 ただし——
 いつ、誰が、どんな思いで建てたのか。
 それについては、はっきりしたことは分からない、とも。

 翌朝、一行はバスで登り口まで向かった。市街地を離れるにつれ、建物は減り、木立が増えていく。

「観光って感じ、しませんね」
 蓮が言う。

「せやろ」
 嵐山は頷いた。
「ここは、見せるための山やない」

 登り口に立つと、空気が変わった。湿った土の匂い。音は吸い取られるように少なくなり、足音だけが残る。

 案内板には
 千丈ヶ嶽 九百九十メートル
 とある。

「もうすぐ千ですね」
 悠夜が言う。

「せやけどな」
 嵐山は視線を外した。
「山では、頂より途中の方が、
 よう覚えてたりする」

 道は険しくない。ただ、淡々と続いている。古い石段が現れ、また消える。役目を終えた標柱が、苔に覆われて立っている。

 やがて嵐山が足を止めた。

「ここや」

 一段低い場所に、石の塔があった。
 背は高くない。両脇には小さな石灯籠。手前には、水を受けていたらしい石のくぼみ。

 塔は苔に覆われ、刻まれた文字は、すぐには読めない。

創作小説の挿絵

「……これが」
 真衣が声を落とした。
「酒呑童子の……」

「せや」
 嵐山は短く答えた。
「酒呑童子の供養塔や」

 悠夜は、しばらく塔を見つめていた。

「派手じゃ、ないですね」

「派手やったら、おかしい」
 嵐山は言った。
「都ではな、討って終わりや。
 せやけど、ここでは——」

 言葉を切り、周囲を見回す。

「ここで生きてたもんとして、
 山に戻したんやろ」

「供養……なんですかね」
 蓮が首を傾げる。

「分からん」
 嵐山は正直に言った。
「供養になってるかどうかも、
 分からん」

 風が吹き、木々がざわめいた。すぐに音は収まり、また静けさが戻る。

「でも」
 真衣が言った。
「壊されてない」

「せや」
 嵐山は頷いた。
「忘れられても、
 消されてはおらん」

 案内板には、頂への道が示されている。

「この先は?」
 悠夜が聞いた。

「行かへん」
 嵐山は首を振った。
「鬼を、これ以上追い詰めたらあかん」

 三人は自然に一礼した。
 誰に教えられたわけでもない。

 鬼は、ここでも何も語らない。

 だが、
 都では討たれ、
 物語の中で悪にされた存在が、
 この山では、
 供養とも断定できない形で、
 静かに置かれている。

 それだけで、十分だった。

 一行は、来た道を引き返した。

 山は、何事もなかったかのように、
 ただ、そこに在った。