鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(11)

展示室にて

館内は、思っていたより静かだった。

 派手な音も、
賑やかな映像もない。

 ガラスケースの中に、
絵巻の複製や、
古い図版、
鬼の面が、
間を取って並んでいる。

「……博物館っていうより」
 真衣が小声で言う。
「資料室、ですね」

「そう言われることも多いです」

 応じたのは、
嵐山の大学時代の友人の学芸員――

 白衣ではなく、
柔らかい色のジャケット姿。
堅苦しさはない。

創作小説の挿絵

「鬼を派手に見せる施設だと思って来ると、
 肩すかしを食います」

「ええな、それ」
 嵐山が笑う。
「期待外れは、
 考え始める入口や」

 学芸員も、
軽く笑って返す。

「今日は、
 ざっと眺めるだけでいいですよ」

「詳しい話は明日やな」
 嵐山が言う。

「ええ。
 今日は “違和感” だけ
 持ち帰ってもらえれば」

 三人は、
順に展示を見て回った。

 頼光一行が酒を受け取る場面。
 鬼の館。
 切り落とされた首。

「……」
 蓮が立ち止まる。

「これ、
 全部、頼光側の視点ですね」

「そうです」

 学芸員は、
すぐに肯いた。

「酒呑童子の言葉は、
 一つも残っていません」

「鬼だから?」
 真衣が聞く。

「というより――」
 学芸員は少し考えてから言った。
「記録を書く立場に、
 いなかった」

 悠夜が、
絵巻を見つめたまま言う。

「でも、
 こんなに有名になるってことは、
 最初から大事件だったんですよね」

「いいえ」

 三人は、
同時に顔を上げた。

「酒呑童子の話が
  “全国的に知られる物語” になるのは、
 ずっと後です」

 学芸員は、
展示の年代表を指す。

「最古の絵巻は、
 南北朝期。
 十四世紀」

「平安時代の出来事なのに?」

「はい。
 三百年以上、間がある」

 嵐山が、
ゆっくり言った。

「つまり――
 その間は、
 今ほど形が固まってなかった」

「そういうことです」

 学芸員は頷く。

「語り直されるたびに、
 少しずつ整理され、
 少しずつ “分かりやすく” なった」

「悪役として?」
 蓮が言う。

「英雄譚として、ですね」

 学芸員は、
言葉を選んだ。

「都を脅かす存在。
 それを討つ忠臣。
 非常に使いやすい構図です」

 真衣が、
小さく首を傾げる。

「でも……
 使いやすいって、
 ちょっと怖いですね」

「ええ」

 学芸員は笑わなかった。

「だから、
 ここでは
  “鬼とは何者か”
 という問いを残したままにしています」

 嵐山が、
展示室をぐるりと見回す。

「鬼を、
 完全な怪物にせんかった理由やな」

「はい」

 学芸員は、
展示ケースの一つを指した。

「このあと、
 供養の話が出てきます」

 三人は、
その言葉に反応した。

「供養……?」

「今日は、
 ここまででいいでしょう」

 学芸員は、
あえて先を遮った。

「明日、
 実際に “見てもらう” 方が早い」

 嵐山は、
それを聞いて満足そうに頷く。

「ほな、
 今日は予習やな」

「予習?」
 悠夜が聞く。

「鬼の話はな」
 嵐山は言う。
「知ったつもりになると、
 見誤る」

 三人は、
もう一度展示を振り返った。

 鬼は、
ここでも
まだ黙っている。

 だが――

 ただの悪役として
片づけるには、
少し、
引っかかりすぎていた。