鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(6)

糺の森

京都駅を出たとき、
 空気が、はっきりと変わった。

「……寒い」

 真衣が、
 思わず声を漏らす。

「春やのに」
 蓮も肩をすくめた。

「京都の春は、
 油断したらあかん」
 嵐山は笑った。

「底冷え、いうやつや」

 バスを降り、
 北へ歩く。

 街の音が、
 少しずつ遠のいていく。

 やがて、
 大きな森が現れた。

 糺の森。

 道は白く、
 足音がやわらかく吸い込まれる。

「……静かですね」
 悠夜が言う。

「神社の森や」
 嵐山は答えた。

「七百年、
 人が守ってきた」

 森の奥を、
 細い水の音が流れている。

「川?」
 真衣が覗き込む。

「楢の小川や」
 嵐山は言った。

「境内では、
 御手洗川とも呼ぶ」

 水は浅く、
 けれど澄んでいた。

「昔な」
 嵐山は歩きながら続ける。

「ここで、
 斎王が身を清めた」

「今でも、
 儀式がある」

創作小説の挿絵


 蓮が言う。

「葵祭の前ですよね」

「よう知っとるな」
 嵐山は感心したように言った。

 森を抜けると、
 社殿の屋根が見えた。

 そのすぐ脇に、
 人の暮らしの気配がある。

 土塀。
 低い門。
 派手さのない家。

「……ここが」
 悠夜が言う。

「先生の実家?」

「正確には、
 “家” やな」
 嵐山は少し言葉を選ぶ。

「うちは、
 社家や」

 三人は、
 一瞬だけ背筋を伸ばした。

「昔はな」
 嵐山は続ける。

「学者や役人が、
 よく泊まりに来とった」

「大学の先生とか」
 悠夜が言う。

「作家とか」
 真衣も続けた。

 嵐山は、
 にやりと笑った。

「寒い寒い言いながらな」

 三人は顔を見合わせる。

「……それ、
 誰ですか」
 蓮が聞く。

「さあ」
 嵐山は肩をすくめた。

「百年以上前の話や」

 門の内側は、
 ひんやりしていた。

 春の夕方なのに、
 吐く息がわずかに白い。

「京都って……」
 真衣が言う。

「時間が、
 何層にも
 重なってますね」

「せや」
 嵐山は頷く。

「ここはな、
 過去が消えへん」

「上に、
 そっと積もるだけや」

 遠くで、
 水の音がした。

 楢の小川は、
 今日も変わらず流れている。

 誰かが歩いた道。
 誰かが寒さをこぼした夕暮れ。
 誰かが書き留めた言葉。

 それらを、
 何も言わずに受け止めながら。

 悠夜は思った。

 ――京都は、
 語る前に、
 聞かせる場所なのだと。