鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(3)
京都
二月の終わり。
節分の騒ぎがひと段落し、校舎にも少しだけ春の気配が入りはじめていた。
放課後の理科室。
窓の外では、校庭の隅に残った豆殻が、風に転がっている。
「鬼ってさ」
蓮が、何気なく言った。
「追い払うもん、なんですよね」
悠夜は答えなかった。
真衣も、首を傾けたままだ。
あの夜、テレビに映っていた京都の節分祭。
鬼は逃げず、笑い、子どもに手を振っていた。
「……場所によるんやろな」
嵐山が、椅子にもたれて言った。
「鬼はな。
追い出される存在でもあるし、
守り神みたいに扱われることもある」
三人が、同時に嵐山を見る。
「先生、京都の人でしたよね」
真衣が思い出したように言った。
「せや」
嵐山は、あっさり頷いた。
「生まれも育ちも京都や」
「えっ、ずっとですか?」
「いや。
大学出てから、あちこち回った。
今は鎌倉やけどな」
少し間を置いて、続ける。
「実家は、まだ向こうにある」
悠夜の胸が、わずかに動いた。
「……京都の、どの辺ですか」
「下鴨のあたりや」
三人は顔を見合わせる。
「下鴨神社……?」
「その近くやな」

嵐山は笑った。
「観光地みたいに言われるけど、
住んどる人間からしたら、
ただの町や」
だが、その声には、
どこか懐かしさが混じっていた。
「春休み、帰るんですか?」
蓮が聞く。
「帰るつもりや」
嵐山は言った。
「用事もあるしな」
「用事……?」
「家のことや」
それ以上は、踏み込まなかった。
しばらく沈黙。
悠夜は、節分の映像を思い出していた。
鬼の面。
都の夜。
追い払われない鬼。
「……京都って」
悠夜が、ぽつりと言った。
「鬼の話、多いですよね」
嵐山は、ゆっくり頷いた。
「せやな」
声が、少しだけ低くなる。
「都はな。
人が集まりすぎた場所や」
「集まりすぎると……?」
「境目ができる」
嵐山は、机の上に指で円を描いた。
「内と外。
都と、山。
人の世界と、人でないもん」
円の外側を、指でなぞる。
「鬼はな、
その境目におった存在や」
三人は、息を呑む。
「追い出された、いうよりな」
嵐山は続ける。
「都を守るために、
“そこに置かれた”
存在やったんかもしれん」
理科室の外で、チャイムが鳴る。
だが誰も、すぐには立ち上がらなかった。
「……春休みって」
真衣が、遠慮がちに言った。
「京都、混みますよね」
「まあな」
嵐山は笑う。
「けど、
観光地じゃない京都もある」
悠夜の中で、
はっきりしない何かが、
静かに形を取りはじめていた。
鬼を追い出さない町。
鬼を物語として残してきた都。
そして、
嵐山の実家という、
“行ける場所” 。
「……先生」
悠夜は言った。
「京都って、
修学旅行まで
行けないですよね」
「せやな。
三年になってからや」
嵐山は、少しだけ目を細めた。
「せやけどな」
一拍置いて、言う。
「行こうと思えば、
行けんことはない」
三人の視線が、集まる。
嵐山は、立ち上がった。
「鬼の話はな。
本で読むより、
土地を踏んだ方がええ」
それは、
誘いでも、約束でもなかった。
ただの事実として、
京都という場所が、
初めて子供たちの前に置かれた瞬間だった。
春休みは、
まだ先だ。
だが、
都と山と鬼の距離が、
ほんの少しだけ、
縮まった気がしていた。

