鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第三章 南都の影(11)
第十一回 勧進の主
夜明け前。
東大寺の奥、
まだ人の少ない一角に、
三人は呼び出されていた。
石畳は冷たく、
空気は張りつめている。
「……来たか」
低い声がした。
堂の影から、一人の男が現れた。
僧形。
だが、その歩き方は武士のものだった。
背は高く、
痩せている。
目だけが鋭い。

「この寺の勧進を預かる、覚円という」
名乗りは簡素だった。
だが、その場にいた僧たちは
誰も口を挟まない。
権太が小さく呟いた。
「出てきたな、元締めが」
朔太郎は黙っていた。
玄之助は、じっと覚円を見ている。
「襲撃のことは聞いておる」
覚円は言った。
「そして、帳面のことも」
その視線が、三人に向く。
「おぬしたちが、余計なところまで見た」
静かな声だった。
だが、拒む余地のない声でもあった。
「余計、かどうかは、そっちが決めることやない」
権太が言う。
覚円はわずかに笑った。
「よい」
「銭はな」
覚円はゆっくりと言った。
「人の手を渡る」
「寺に集まり、町で数えられ、武が守る」
「だが――」
一歩、前に出る。
「そのどこにも、完全なものはない」
「つまり」
朔太郎が言う。
「抜ける場所がある、いうことか」
「そうだ」
覚円はあっさりと頷いた。
「町は、帳面を持つ」
「武は、力を持つ」
「寺は――」
一瞬、間があった。
「名を持つ」
風が、堂の中を抜けた。
「名?」
権太が眉をひそめる。
覚円は答えた。
「大仏のため、という名だ」
「それがあるから、銭は集まる」
「なら、その名で縛ればええやろ」
権太が言う。
「なぜ盗られる」
覚円の目が、わずかに細くなる。
「縛れぬ者がおる」
静かに言った。
「武の中にも、町の中にも」
「……弥七か」
玄之助が口を開いた。
覚円は否定しなかった。
「弥七は、末だ」
「では誰だ」
朔太郎が問う。
覚円は、少しだけ考えるように目を伏せた。
「興福寺」
その一言だった。
空気が変わった。
「南都は一つではない」
覚円は続けた。
「東大寺と興福寺」
「それぞれに力を持つ」
「勧進の銭も、例外ではない」
権太が笑った。
「寺どうしで取り合いか」
「きれいごとやないな」
覚円は答えない。
ただ言った。
「武も、町も、それに乗る」
「つまり」
朔太郎が整理する。
「興福寺側が、町と組んで銭を抜き、
さらに襲わせた」
「そう見るのが自然だ」
覚円は頷いた。
「だがな」
玄之助が言う。
「それなら、なぜ今、俺らに話す」
覚円の目が、三人を貫いた。
「均すためだ」
「均す?」
「銭の流れは、止めてはならぬ」
「だが、偏りすぎてもならぬ」
沈黙。
「おぬしたちにやってもらう」
覚円は言った。
「弥七の先を辿れ」
「誰が糸を引いているか、確かめろ」
「寺が自分でやればええやろ」
権太が言う。
覚円は首を振った。
「寺が動けば、争いになる」
「表に出れば、名が傷つく」
「だから、外に任せる、か」
朔太郎が言う。
「そうだ」
玄之助が棒を肩に乗せた。
「ええやろ」
「ただし」
一歩、前に出る。
「見つけたら、どうする」
覚円は、わずかに笑った。
「任せる」
その笑みは、
僧のものではなかった。
外に出ると、
空が白み始めていた。
「えらい話になってきたな」
権太が言う。
「寺どうしの争いに、町と武が絡む」
朔太郎が続ける。
玄之助は短く言った。
「銭の戦や」
朝の風が吹いた。
奈良は、静かに見える。
だがその下では、
見えぬ流れが、
絶えずぶつかり合っていた。
次回(第12回)への布石
この回で
- 覚円(寺の権力者)登場
- 東大寺 vs 興福寺という構図
- 町衆(弥七)は末端
- 「銭の流れ=権力の流れ」
を明確化しました。
第12回(最終回)構想
- 弥七の先(興福寺側の人物)との対峙
- 銭の流れの決着
- 三者のバランスの回復(あるいは崩壊)
- 悠太郎たちの奈良離脱
👉 第三章の締めとして強く収束できます
このまま第12回まで一気に書くことも可能ですし、
挿絵(覚円との対面)もご用意できます。

