鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第三章 南都の影(8)
南都は、寺の町である。
だがそれだけではない。
奈良の町には、
いくつもの力が重なっていた。
まず――
寺。
東大寺。
興福寺。
どちらも古くからの大寺であり、
広い荘園と山林を持っていた。
寺は祈りの場である。
だが同時に、
土地を治め、
年貢を取り、
人足を動かす。
一つの国のような存在でもあった。
次に――
国人衆。
守護の力が弱まると、
大和では土地の武士たちが
それぞれの城を構えた。
筒井。
越智。
十市。
彼らは領地を守り、
時には奪い合う。
そして最後に――
町衆。
南都には、
古くから商人と職人が集まっていた。
木工。
瓦師。
鋳物師。
寺の仕事は、
彼らの生業でもあった。
つまり南都は、
寺と武士と町人が、
同じ土地で力を争う町
だった。
そして今、
そのすべてが
大仏再建
に関わっていた。
勧進銭は、
西国からも集まる。
山城。
播磨。
備前。
船で来るものもあれば、
馬で運ばれるものもある。
銭の袋。
米俵。
材木。
それらはまず、
奈良の町の外れ
にある蔵に集められる。
そこから寺へ入る。
だが――
その道は、
必ずしも一つではなかった。
門前の茶屋で、
権太が団子を食っていた。
朔太郎は黙って湯を飲んでいる。
玄之助は外を見ていた。
通りを、
荷馬が進んでいく。
大きな箱が三つ。
権太が言う。
「銭やな」
玄之助は答えない。
だが目は動いた。
箱の横には武士が二人。
筒井の紋だった。

朔太郎が小さく言った。
「寺の荷か」
玄之助は首を振る。
「違う」
「何がや」
「寺の荷なら」
玄之助は言う。
「僧が付く」
箱の横には、
武士だけだった。
権太が笑った。
「盗みか」
玄之助は言った。
「盗みなら」
そして続ける。
「もっと静かにやる」
荷馬は通りを曲がり、
町の外へ向かった。
朔太郎が言った。
「どこへ行く」
玄之助は答えた。
「山や」
権太が団子を飲み込む。
「山?」
玄之助は立った。
「銭はな」
棒を肩にかける。
「寺に集まる前が、一番危ない」
朔太郎も立つ。
権太が言った。
「待て」
二人を見る。
「面白そうや」
そして笑う。
「行こか」
三人は茶屋を出た。
通りの向こうでは、
荷馬が
ゆっくり坂を上っている。
その先には、
奈良盆地を囲む
低い山並み。
そしてその山の向こうに、
国人衆の城があった。
その頃。
東大寺の一室。
覚円が帳面を閉じていた。
武士が言う。
「銭は動いた」
覚円は頷く。
「知っています」
武士が目を細める。
「止めぬのか」
覚円は静かに答えた。
「止めれば」
灯を見つめる。
「争いになります」
武士は笑った。
「もうなっている」
覚円は言った。
「ええ」
そして続ける。
「だからこそ」
筆を置く。
「誰が、どこで手を出すか」
武士を見た。
「見ておきたい」
武士はしばらく黙っていた。
やがて言う。
「門前の棒の男」
覚円の眉がわずかに動く。
「玄之助」
武士は頷いた。
「奴は、銭を追う」
覚円は灯を消した。
部屋が暗くなる。
「追わせましょう」
外では、
奈良の夜風が
瓦を鳴らしていた。
銭は動き、
武士は動き、
寺は静かにそれを見ている。
そして今、
門前の三人もまた、
その流れの中へ
足を踏み入れていた。


