鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第三章 南都の影(9)
南都の朝は、いつもより早くざわついていた。
東大寺の裏手、
材木と銭箱を積んだ荷駄が出る日だった。
「今日は大口や」
権太が言う。
「見張りも多いな」
朔太郎が周囲を見渡した。
僧だけではない。
町の者、そして武士も混じっている。
玄之助は黙っていた。
棒を肩にかけ、
道の先を見ている。
「何かあるんか」
権太が低く聞く。
玄之助は短く答えた。
「ある」
それ以上は言わなかった。
荷駄はゆっくりと動き出した。
先頭に僧、
その後ろに銭箱を載せた馬、
さらに材木の列が続く。
町を抜け、
少し人通りの減る道に入る。
そのときだった。
――笛の音が鳴った。
高く、短く。
次の瞬間、
左右の藪から男たちが飛び出した。
黒い布で顔を隠し、
手に棒や刃物を持っている。
「止まれ!」
怒号。
馬がいななき、
荷が揺れる。
僧が叫ぶ。
「勧進の銭ぞ! 乱暴は――」
言い終わる前に、
棒が振り下ろされた。
混乱が広がる。
町の者は逃げ、
武士は抜刀する。
だが数が違う。
襲撃者は手慣れていた。
まっすぐに銭箱へ向かう。

「来るぞ」
玄之助が一歩前に出た。
棒を構える。
最初の男が突っ込んできた。
振り下ろされる刃。
玄之助の棒がそれを弾く。
鈍い音。
続けざまに、
腹へ打ち込む。
男が崩れる。
「権太!」
「任しとけ!」
権太は別の男に体当たりした。
二人まとめて転がる。
朔太郎は馬の手綱を押さえた。
「動かすな!」
だが後方で――
「開けろ!」
銭箱に斧が振り下ろされた。
木が裂ける音。
蓋が割れる。
中の銭が、光を散らした。
「やっぱりや」
権太が吐き捨てる。
「銭だけ狙っとる」
玄之助の目が細くなる。
襲撃者の動きは無駄がない。
材木には目もくれず、
銭箱だけを割る。
そして――
「引け!」
誰かが叫んだ。
奪った銭を袋に詰め、
男たちは一斉に退いた。
来たときと同じように、
藪の中へ消える。
あまりに早い。
あまりに手際が良い。
残されたのは、
割られた銭箱と、
散らばる銭、
そして、呻く者たち。
「……おかしいな」
朔太郎が言った。
「何がや」
権太が振り向く。
「早すぎる」
玄之助が答えた。
「場所も、時刻も、全部分かっとる」
沈黙。
風が吹く。
銭がかすかに鳴る。
「つまり――」
権太が言う。
「内通者がおる、いうことか」
玄之助は否定しなかった。
ただ一言。
「寺か、町か、武か」
三つの言葉が、重く落ちた。
そのとき、
一人の僧が、震える声で言った。
「……おかしい」
「何がや」
「銭が……」
僧は割れた箱を見つめている。
「減り方が、違う」
玄之助の視線が鋭くなる。
「どういうことや」
「襲われる前から、少なかった……」
沈黙が落ちた。
権太が笑った。
乾いた笑いだった。
「なるほどな」
朔太郎が低く言う。
「外の盗賊やない」
玄之助が頷く。
「中と外、両方や」
南都の空は、澄んでいた。
だがその下で、
銭は流れ、
人は騙し、
力はぶつかり合う。
寺も、町も、武も。
すべてが絡み合っていた。
玄之助は棒を肩に担いだ。
「面倒なことになるで」
権太が笑う。
「最初から、そのつもりやろ」
朔太郎は静かに言った。
「これ、ただの盗みやない」
南都の風が吹く。
銭の匂いが、まだ残っていた。

