添削(53)-あすなろ会(8)令和5年10月ー
裾花さん
原句 司馬遼を一冊読み切る夜長かな
中句が8音になっているので、7音になるよう工夫してみます。
参考例 一冊の司馬遼を読む夜長かな
原句 色褪せどきりりと立てり野菊かな
中句の「立てり」は完了を表す助動詞「り」が付いた動詞で、終止形となっています。そうすると中句で一度切れて、更に下句の「かな」で二度目の切れを起こすことになります。二度切れを避けるために、中句は「立ちし」あるいは「立てる」として、下句に繋がるようにしなければいけません。
参考例 色褪せどきりりと立ちし野菊かな
原句 古典落語ゆったり聞きし夜長かな
上句中句が平板的な説明になっています。具体性を盛り込んで、イメージを沸かせるようにするのが良いでしょう。
参考例 江戸弁の志ん朝冴える夜長かな
蒼草さん
原句 初時雨葱と稲荷の京うどん
京都のうどんは、和風の出汁を ”売り” とするもので、具材もシンプルに葱と稲荷が多く使われています。原句は 中句が京うどんを説明するようになっていますので、下句では「京」を除いた方が良いでしょう。
参考例1 初時雨葱と稲荷のうどんかな
参考例2 九条葱と稲荷のうどん時雨来る
参考例3 九条葱の香るうどんや時雨来る
原句 一陣の吹きてほぐるる鴨の陣
上句の ”一陣の” は 「一陣の風」を短縮したものですが、表現として無理があります。また、風は「吹く」ものですから、中句の ”吹きて” は使う必要のない動詞です。季語「鴨の陣」に陣があるので、上句に「一陣」をもってきたのは趣向ですが、こうした趣向は目指さない方が良いでしょう。
参考例 夕暮の風にほぐるる鴨の陣
原句 山霧の帷引きゆく朝日かな
朝日が霧の帷を消していくという句ですが、自然現象をそのまま表現したのでは、俳句としての面白みが出てきません。表現を工夫する必要があります。参考例では、柿本人麻呂の「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」より炎を借用しました。炎(かぎろひ)は日の出前の光のことです。
参考例 炎(かぎろひ)や霧の帷の奥深く
遥香さん
原句 また一つ家灯り点く夕時雨
本句は、上句の ”また一つ” で、灯りが点っていくことを表現したものですが、「灯り点く」という動詞の前に置かれた副詞の役割となっていて、上句中句が文章的な弱い表現になっています。
参考例1 時雨来や家の灯りのまた一つ
参考例2 時雨来や灯りの点る村はずれ
原句 鴨来る千里夢路の浮寝かな
本句の問題点は中句の ”夢路” の使い方です。広辞苑によると「夢路」は、夢の中で通った道、または夢をみること、となっていて、”千里夢路” からは飛翔した千里が夢路であったと、”夢路の浮寝” からは、浮き寝を夢みて千里を渡って来た、と解釈されます。「千里」「夢路」「浮寝」の3つを盛り込むのは無理があります。”夢路” という主観用語は使わずに、映像だけのものにして読む人の想像に任すのが良いと思います(参考例3)。
参考例1 鴨来る千里波濤の夢路かな
参考例2 鴨来る千里夢見し浮寝かな
参考例3 鴨来る出羽象潟の浮寝かな
原句 見はるかす風にふくらむ稲穂波
上句 ”見はるかす” は「遥かに見渡す」という意味で、ここでは作者の行為となっています。本句は景色を詠んだ句ですから、作者の行為を表す動詞は不要です。景色の句を詠むときは、写真では表現できない何かが有る必要があります。
参考例 遠山に頭を傾ぐ稲穂かな
怜さん
原句 霜降や囲炉裏の薪の音硬く
囲炉裏の薪がパチパチと音を立てて燃えるのを、”音硬く” と表現したのは秀逸です。問題は「霜」と「囲炉裏」がそれぞれ映像を伴う秋と冬の季語となっていることです。季重なりを避けるとすれば参考例1、片方の季語を映像を伴わない冬の時候の季語にすると参考例2のようになります。(このような季重なりは許容される(むしろ推奨すべき)と思っています)。
参考例1 奥飛騨の囲炉裏の薪の音硬く
参考例2 冬の夜や囲炉裏の薪の音硬く
原句 初鴨やあの嵐こえよくぞ来た
中句下句が文章のようになっていますので、倒置して解消します。
参考例 よくぞ来た嵐の中の初鴨よ
原句 鹿寄り来その大きさに後づさり
本句も文章のようになっていますので、倒置してみます。
参考例 後づさる寄り来る鹿の大きさに
弘介さん
原句 せわしなく行き交ふ街や年堺
「年堺」は年末を表す時候の季語です。本句は、上句中句が説明的な叙述になっているので、俳句的切り口の表現にしてみます。
参考例 年堺駅の北口南口
原句 城堀の二世帯親子鴨の列
城の堀に親子の鴨がゆっくりと進んでいる景です。鴨の家族では、子鴨の方はまだ世帯は作っていませんので、表現を変えました。
参考例 縦深の列で泳ぐや鴨親子
原句 大菊の画布をはみ出す盛りなり
画布をはみ出すほどに育った大菊を詠んだ句です。画をイメージするために、参考例では若冲を使ってみました。
参考例 若冲の画に負けじぞと菊盛る
游々子
菊の香や庫裡より出たる碧眼僧
秋時雨京の町家を通りけり
こっくりの夜なべの母の夜長かな