添削(48)ーあすなろ会(3)令和5年5月ー

蒼草さん

原句 生ハムとロゼのワインや夕薄暑

薄暑とは初夏のやや暑くなってきた頃のこと、その夕方に何かを飲みたいと思ったとき、それはビールではなく、少し冷やしたロゼのワイン、そして添えには生ハムという、季節感あふれる句になっています。単にワインとハムではなく、ロゼと生ハムとしていることで、いかにも美味しそうなリアリティある光景が浮かんできます。リズムも良く、直しの要らない佳句です。


原句 草笛や諸鳥(もろどり)巡る真澄空

草笛を季語とする例句を歳時記その他で調べたところ、そのほとんどが、一本仕立ての句となっていました。その理由は、草笛の季語として持つ特性が、故郷や子供の頃を追想させるものなのか、哀調を帯びた音色なのか難しく、季語の特性を引き立てる取り合わせの12音として、何を持ってくれば良いのかが難しいことにあると思います。原句も ”真澄空” を取り合わせて、”諸鳥巡る” を添えた句ですが、果たしてこれで、草笛の何を引き立てているのかが、明確ではありません。難しいのですが、参考句は、草笛の音色に注目して、それが真澄の空を通じて、彼の国にまで届いてほしいというものにしました。

参考句 草笛や届け彼の国真澄空


原句 万緑や水面蔭さす疎水船

疎水船

疎水船とは京都の琵琶湖疎水を運行する船のことで、蹴上から山科のトンネルを潜って琵琶湖に向かうものと、岡崎を経由して平安神宮へ向かうものがあります。平安神宮へのコースは春の桜をめでるのが最上ですが、万緑というからには、琵琶湖に向かうのが合っていると思います。原句はその水面に両サイドの樹々の蔭が映っている、という句ですが、”万緑” を際立たす工夫が可能です。

参考例 トンネルを抜け万緑の疎水船


遥香さん 

原句 今日からは燕の宿となる我家

燕

燕の到来は、本格的な春の訪れを告げる風物詩です。原句は、今年も燕が我家にやってきた、その喜びを詠んだ句です。中句の「宿」と下句の「家」が同じものを表していますので、それを避けてみました。

参考例 今日からは燕と暮らす我家かな


原句 出しそびれし文読み返す半夏雨

半夏(はんげ)とは夏至の三候で、新暦の7月2日の頃をいいます。この日はさまざまな禁忌があり、物忌みをする風習がありました。この日の雨を「半夏雨」といい、降れば大雨が続くとされています。取り合わせた12音は、この季語に合っていると思います。上句が6音になっていますが、”そびる” が ”そびれる” の文語でありますので、文語にして5音にすることができます。

参考例 出しそびし文読み返す半夏雨


原句 万緑やお宮参りの眠る嬰児(やや)

中七下五の12音が、口語の文章になっています。季語「万緑」を中句にもってきて、強調する句としてみました。

参考例 寝る嬰児を背に万緑の宮参り


井手怜さん 

原句 娘(こ)の浴衣縫いあげ衣架(いか)へ薄暑かな

衣桁

衣架とは衣桁(いこう)のこと。室内で着物を架けておく道具のことで、木を鳥居のような形に組んで、台の上に組んだものです。そこに娘さんの浴衣を縫って架けたという句ですが、薄暑の時期とあった着想の優れた佳句です。中句の助詞「へ」は、次の動作である ”架ける” に続くものですが、それが省略された上での下五の季語となっていて、繋がりが悪いです。「へ」を「の」に変えて繋がりを良くしてみます。

参考例 娘の浴衣縫いあげ衣架の夕薄暑


原句 草笛や歌吹けぬまま父となり

子供の時に習得すべきであった草笛を、それが出来ないままに父となってしまったという、草笛に掛けた人生句でしょうか。この場合、”草笛” は比喩的な道具ですから、強調しないほうが良いでしょう。

参考例 父となる草笛歌を吹けぬまま


原句 夜ふかしの空薄くなり半夏生

半夏の頃は、朝4時ぐらいに空は薄み始めます。「空薄くなり」はそのことを指しているのでしょうか。そうであれば、「夜ふかしの」とは言わず、夜更かしの原因となった事を詠んだほうが、句に ”奥行き” が出てくると思います。「空薄くなり」 というのは、空の闇が薄くなるということで、洒落た措辞です。

参考例 韓ドラや空薄くなり半夏生


弘介さん 

原句 新茶摘む手にも色づく乙女かな

茶摘み

文部省唱歌の「茶摘み」を彷彿とさせる句です。”あかねだすきに菅の笠” の乙女の茶摘む手も色めいて見える、という佳句です。中句の「手にも色づく」を写生的に表現してみてはどうでしょうか。

参考句 新茶摘む小指を立てる乙女かな


原句 おぼれんと万緑天城深く入る

万緑に溺れるというのは、素晴らしい着想です。溺れそうな万緑として天城を持ってきたのも、ぴったり合っています。直しの要らない秀句です。


原句 石垣は紅きすだれやいちご園

石垣いちごの栽培風景を詠んだ句です。中七の「紅きすだれ」の措辞が良いです。直しの要らない佳句です。


E男さん

原句 新茶汲む急須新たに替えにけり

急須

茶葉が新茶となったので、気分を変えるために急須も取り換えたという句です。季語を強調する意味で、この句では「新茶汲む」を下五に置いた方が良いでしょう。

参考例 取り換えし新たな急須新茶汲む


原句 草笛の谺とならず消えてゆき

確かに草笛の音は小さく、谺となっては帰って来ませんね。草笛に草笛で応えた子供のころの遊びを詠んでみてはどうでしょうか。

参考例 草笛に草笛応う小学生


原句 夏燕駅舎の飛来いつのこと

どういう訳か、燕は駅舎に巣を作ることが多い、今年も春、駅舎に営巣を始めてだいぶん日がたち、夏となってしまった、という句です。”飛来” という硬い言葉を使わずに、燕の駅舎での営巣の日々が続いていることを詠んでみます。

参考例 駅燕あまたの人を出迎えし


游々子

万緑や鳶一閃の投網船

日輪を射るごと鏑(かぶら)新茶汲む

草笛や小諸古城の紅浅間