俳句講習会句集(5)-令和4年11月ー
俳ゆう会 兼題: 十三夜、夜寒、当季雑詠
1. 帰還兵靴にじゃれつく猫の秋 杉山美代子
2. サスペンス一枚羽織り見る夜寒 内海ただし
3. 廃坑のけもの道にも十三夜 川島智子
4. 十三夜今も険しき「親不知」 瀧本万忘
5. 頁繰る指の滑りし夜寒かな 浜本文子
6. 吾子待ちてまたバス送る夜寒かな 宮坂妙子
7. 棚雲を割りて名残りの月あかり 和田しゅう子
8. 夕鵙や武蔵描く鵙そのままに 谷本清流
9. 単線の停車は五分十三夜 関口泰夫
10. 薄雲のヴェールに透けて十三夜 村上芳枝
11. 秋茄子を嫁に喰わすと父植ゑる 塚島豊光
12. 乗り越せる夜寒の駅や潮香る 野村宝生
13. 仕舞湯に小唄をひとつ十三夜 鈴木登志子
14. モデルの如き今年のサンマ焼きにけり 海江田素粒子
15. チラチラと葉越しに映る青蜜柑 野村みつ子
16. 祖母の手の腹に温む夜寒かな 松林游々子
17. 願はくはピンピンころり葛の花 粕谷説子
18. 十三夜畳に現わる影妖し 渡辺洋子
19. 行く秋や淡々と為す仕舞ひかな 鈴木煉石
20. 雲間にも先の光や十三夜 白柳遠州
21. 病む友に心を寄する十三夜 時松孝子
22. 黄金の波立ち去りて苅田かな 伊藤徳治
23. 初雪や山肌露わに富士の嶺 山口薫
24. 灯なき鍵穴に鍵夜寒かな 豊田千恵子
25. 名も知れぬ城跡礎石秋湿り 細貝介司
26. 夜寒かな靴音響くシャッター街 清水呑舟
鑑賞(清水呑舟)
4. 十三夜今も険しき「親不知」
越後から越中にぬける国境の親不知は、北アルプスが日本海に果てる断崖絶壁である。今でこそ断崖の脇に車道が通っているが、昔は引き潮を見計らって渚を歩いて行くしかなかった。奥の細道の芭蕉もそうした。亡くなった人も大勢いたという。往時を偲ぶ様に、十三夜の月が煌々と照らしている。
6. 吾子待ちてまたバス送る夜寒かな
東京で単身生活をしている娘が今日帰ってくる。電話では連絡を取っているが、顔を合わすまでは元気でいるか心配だ。通りのバス停で待っているが、なかなか娘の乗ったバスが来ない。しんしんと夜は更けてきたが、もう少し待つとしよう。
16. 祖母の手の腹に温む夜寒かな
昔の冬の夜は暖房が行き届いてなかった事もあり、非常に寒かった。外から帰って来た孫が寒がる様子を見て、祖母が温まった掌をそっとシャツの下から入れて擦ってくれる。祖母の体温が体中に行き渡りぽかぽかしてくる。こうしたスキンシップにより、家族の絆は深まるのだ。
しんじゅ会 兼題: 時雨、枯、当季雑詠
1. 再会の握る手ぬくき帰り花 小林梢
2. 枯すすき仙石原に風の痕 前原好子
3. 傘傾げすれ違ふ路地夕時雨 坂口和代
4. 追ひ散らす鳩の羽音や千歳飴 大野昭彦
5. 枯れてなほ天指す一樹過疎の村 高田かもめ
6. 連れ立てる舞妓の傘や夕時雨 伊藤あつ子
7. 枯葎一灯で足る峠茶屋 長堀育甫
8. 枯蔦や親子二代の村役場 三浦博美
9. 時雨るるや晴れてまた雨また時雨 能勢仲子
10. ひとり居の闇深くせり小夜時雨 山田潤子
11. 枯蔦を引いて一山引き寄せる 西岡青波
12. 木枯らしに喝を入れられ歩を早む 夏目眞機
13. 枯蓮の甕の余白に雲の影 高橋美代子
14. 風が追ふ白銀が追ふ枯尾花 松田ます子
15. 柿落葉唐三彩のごとき路 吉住夕香
16. 枯葉散るこれで終りでない命 松尾みどり
17. 苗植ゑて水撒きし夜の時雨かな 塚島豊光
18. 機音の止みたる路地や村時雨 日高朝代
19. 木枯しや裏路地抜けるチンドン屋 内藤和男
20. 枯萩を刈って季節を送りたり 立脇静江
21. 時雨るるや影を濃くするカフェの隅 秋冨ちづ子
22. しぐるるや光明寺には灯の気配 桐山美千代
23. 枯木はや枝先ほんのり色めきぬ 島田美保子
24. 手引書のまま打つ初手や冬ぬくし 小林清美
25. ひと筋の枯葉の帯を風がとく 目黒圭子
26. 茶柱に良きことありと今朝の冬 渡辺ヤスヱ
27. しぐるるや駅に待つ人待たす人 味村京子
28. しぐるるや木場に嵩なす木曽丸太 清水呑舟
鑑賞(清水呑舟)
8. 枯蔦や親子二代の村役場
木造の村役場であろうか。枯蔦が一面建物を覆い、紅葉を始めている。その村役場に親子二代で勤めている。人口の高齢化や離村に歯止めを掛けようと村興しに尽力している父の姿を見て、東京の大学を卒業して長男が村役場に就職したのだ。枯蔦の絡まる村役場で親子二代、村興しに励んでいる。
12. 木枯らしに喝を入れられ歩を早む
若いころの無理が祟ってか最近は体調が今一つ優れない。趣味の俳句や毎日の散歩は欠かさないが、いまいち本調子ではない。今日も散歩に出かけたが、木枯らしが吹き荒れている。向かい風なので気力を出さないと前に進めない。まるで木枯らしに喝を入れられている様だ。
27. しぐるるや駅に待つ人待たす人
時雨の駅はいつもより慌ただしく人が行きかい混雑を極めている。雨の中を駆けだす人も居れば傘を持ち待っている人も居る。待ち人はどの様な人なのであろうか。熟帰りの子供、帰省する子供、また残業の夫、飲み屋から電話で妻を呼び出した人。様々な人生の縮図がそこにある。
しおさい会 兼題: 大根、小春、当季雑詠
1. 大根は煮ても焼いても役者だね 浅井遊助
2. すずしろのこの白きこと空あかね 吉田和正
3. 一望の駒ヶ岳裾大根畑 島崎悦子
4. 盃すすむ湯宿自慢の金目鯛 平方順子
5. 足止めておしゃべり弾む小春かな 溝呂木陽子
6. 小春日や小枝に残る一葉ゆれ M
7. 大根やおろしにツマに汁煮物 杉田ひとみ
8. 煮大根沁み入るほどに妣の味 福永いく子
9. かさかさと道走り行く落葉かな 室川俊雄
10. 老犬と歩を合わせゆく小春かな 西岡青波
11. 小春日やベンチに杖の忘れ物 日高朝代
12. 逢ふことも無き人想ふ冴ゆる朝 木村友子
13. 波光る烏帽子岩まで小春かな 板谷英愛
14. 小春日よ立てぬと祖母の差し出す手 鈴木栄子
15. 月蝕を指輪に収む初恋草 松林游々子
16. 旋回の鳶の高音や小春空 伊藤あつ子
17. 嵐過ぎ一葉残りし蔦紅葉 塚島豊光
18. 冬はじめ昏れゆく街の長き影 伊藤美恵子
19. 立ち上る湯気にも匂ひおでん種 岡山嘉秀
20. 庭先の大根干す手寒々と 渡辺美幸
21. 漁終えし鰤大根に祝い唄 多田明子
22. 遺言は棺にカトレア頼む伯母 松岡道代
23. 海小春幾多の兎光跳ね 杉山美代子
24. 時止まり三浦大根休耕地 増田知子
25. 三世代そぞろに歩く小春かな 杉山徹
鑑賞(清水呑舟)
3. 一望の駒ヶ岳裾大根畑
甲斐駒ヶ岳の裾野は寒暖の差が激しい所なので、収穫する野菜が美味である。大根は日本人が一番好む野菜であり冬の料理には欠かせない。今日も雄峰駒ヶ岳をバックに青空の下、広大な大根畑が広がっている。
8. 煮大根沁み入るほどに妣の味
大根そのものには味が無いため、出汁や調理の仕方によって煮大根の味が決まる。子供の頃食べた母の煮大根は本当に美味しいと思った。しかし結婚してからはなかなか母の味には届かなかった。母の年代に近くなったこの頃、やっと母の煮大根の味に近づいた気がする。煮大根は「おふくろの味」である。私も子供たちのために美味しいと言われる煮大根の味を身に付けたい。
12. 逢ふことも無き人想ふ冴ゆる朝
若いころから旅行や趣味を一緒に過ごした友達と、ふとしたことから疎遠になり、その後暫く会っていない。自分自身も病気になったり親の介護などで余裕がなく、その人の事を忘れていたが、冷え込みの厳しい今朝、ふとその人の事を思い出した。私と同じ年代だが恙無くいて欲しいものだ。
いそしぎ会 兼題: 一葉忌、神の留守、当季雑詠
1. 苔むした野仏洗ふ村時雨 吉武千恵子
2. 神の旅家内安全犬孕み 大山凡也
3. 線虫や散歩の先の道ふさぐ 高橋久子
4. 菊坂の質屋の暖簾一葉忌 佐々木紅花
5. 今朝の冬背筋伸ばしていざ出陣 杉山若仙
6. 眠る山アンモナイトの化石抱き 大野昭彦
7. 散り紅葉沢の岩間に身を委ね 田部久二
8. 明治といふ光と翳や一葉忌 東花梨
9. 無事着けば祝詞読み上げ神の旅 坂西光漣
10. 橅山の水の鼓動や神の留守 藤田真知子
11. 未来へと命燃やして冬紅葉 直林久美子
12. 素に戻る竹馬の友や一葉忌 金井美ゐみ
13. 捨て難き亡妻の桐下駄一葉忌 小形好男
14. 狛犬の苞待ち詫びる神の旅 吉住夕香
15. 神の旅面影探す同窓会 井澤絵美子
16. 路地裏に菊の鉢あり一葉忌 小倉元子
17. 神の旅人出の戻る浅草寺 和田行子
18. 神立ちぬ娘の良縁ひた頼む 塚島豊光
19. 白足袋のまぶしき一歩能舞台 加藤久枝
20. 神の旅万国からぞろぞろと 小林実夫
21. 集まりて何を話すや神の旅 吉川文代
22. カレンダー重ねて掛けて冬に入る 小出玲子
23. 浮雲は空の廻廊神の旅 馬場行男
24. 小春日に長蛇の列や国宝展 竹内仁美
25. 白波を蹴立てて能登の神の旅 清水呑舟
鑑賞(清水呑舟)
8.明治といふ光と翳や一葉忌
鎖国の江戸時代より束縛の解かれた日本は、明明治になり一気に文明の花を開かせた。海外との交易も盛んになり巨万の富を築く者がいる一方で、その恩恵に与れない貧者も多く居た。本郷菊坂の長屋に住む樋口一葉もその一人であったが、天分の文才を発揮し、短命ではあったが、明治の文壇に偉大な足跡を残した。明治は光と翳が交々に綯う時代であった。
13. 捨て難き亡妻の桐下駄一葉忌
妻は踊が趣味であり、桐下駄を愛用していた。いつもお祭や盆踊には子供を連れて嬉しそうに出かけていた。妻が亡くなっても思い出の詰まったこの桐下駄は捨てられない。私が生きてゐる限りは傍に置いておくつもりだ。
19. 白足袋のまぶしき一歩能舞台
笛の音と共に能のシテが舞台奥から音もなく進み出た。磨き抜かれた総檜作りの能舞台に、まるで滑るが如く白足袋が舞台中央に進む。磨かれた舞台に白足袋が仄かに映る。これから世阿弥作の能楽「忠度」が始まる。シテの声が高らかに舞台に響き渡る。