俳句的生活(234)-虚子の詠んだ京都(12)桜-

桜は千年以上日本人にとって特別の花となっていて、和歌や俳句では、単に花が美しいと詠んだのでは物足りず、例えば伊勢物語では、世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし と捻った言い方で桜を愛でています。虚子も京都に詣でるのは春の時期が多く、それは桜を見物するのが主目的ですが、俳句では、満開のものから遅桜に至る時間というものを主題にして詠んでいるのがあります。

咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり  虚子(昭和3年4月)

この句は、昭和3年4月8日、鎌倉の稲村ケ崎で開かれた句会で詠まれたものです。参加者25人の中には、水原秋櫻子や高野素十といった錚々たるメンバーが含まれています。私は稲村ケ崎というと、新田義貞の剣を投じた場面しか連想できないのですが、花を詠める場所もあったということなのでしょう。

稲村ケ崎
七里ガ浜から見た稲村ケ崎

4月8日というと、昔は小学校などの入学式で、桜が満開になっていた時期です。句は満開になった桜にまだ散る花びらがない、あたかも噴水の水が頂上で一瞬止まっているように見える、そうした時間の停止、空間の静寂をうたったものです。更にいえば、”こぼるる” が自動詞で、他動詞でないことによって、他からの力を受けてない分、静寂さが増しているのです。

一片の落花見送る静かな  虚子(昭和2年4月)

この句は、紙屋川の句と同じく、松山からの帰りに10日ほど京都に滞在したときに詠まれたものです。満開の桜が散り始めた時、その一瞬を ”一片の落花” として、やはり、時間と空間の静寂さをうたっているのです。

遅桜なほもたづねて奥の宮  虚子(昭和3年4月)

昭和3年、虚子は4月20日から5月2日まで京阪に滞在しています。この句は4月23日、貴船で詠まれたものです。4月23日というと、京都市中の桜はあらかた散ってしまっていますが、貴船だとまだ ”遅桜” を眺められたのでしょう。

貴船神社奥宮
貴船神社奥宮

貴船神社の奥宮はパワースポットになっています。入ってすぐに ”連理の杉” が植わっています。

連理の杉
貴船神社奥宮の連理の杉

”連理の杉” とは 白居易の楊貴妃と玄宗皇帝との悲恋を詠んだ長恨歌に出てくる ”天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝となりたい” から名付けられたものです。パワースポットのなせる技です。

虚子はこのように、桜の咲き方の時間経過を、それぞれ一瞬を切り取って、時間・空間の静寂を詠んでいます。これぞ俳句のお手本となる詠み方です。

花は葉に加茂の参道今も白し  游々子