京大俳句会(15)最終回(令和6年3月)

大正9年に、日野草城ら三高生や京大生によって創設された京大三高俳句会をルーツとする当会は、令和6年3月をもって閉会する運びとなりました。閉会に当たり、今次の京大俳句会の15年の歩みを総括した会誌を3月に発刊しました。

自由船終刊号表紙

イラストは会員でもあった漫画家のうらたじゅん氏によるもので、今出川通りの喫茶店「新々堂」が描かれています。市電が走っているころの風景で、私が学生であったころの乗車賃は15円というものでした。

この会誌は現在、京大付属図書館、国会図書館、茅ケ崎図書館に寄贈されていて、オンラインで、あるいは直接手に取って閲覧できるようになっています。

会誌には秀句館というコーナーがあり、私を含めて5人の選者が20句づつ選んだものが記載されています。私の句では以下のものが選ばれています。

祖母の雛滿洲國の番地あり   游々子

これも素直に「いいな」と感じて採った作品の一つである。ある世代にだけ通ずる「いいな」感かもしれないが、世代の無いはずのチャットGTPに「鑑賞」を依頼しても、『この句は季節感や歴史的な背景を表現し、読者の心に鮮烈な印象を与える素晴らしい俳句です』と高く評価した。(楽蜂)

デモ果てて触るるばかりに春の月 游々子

明らかに本歌取りの句。原句は「外にも出よ触るるばかりに春の月・中村汀女」(昭和21年作)であろう。デモの「戦い」が静まった余韻に浸りつつ、ふっと見上げた「春月」の身近さに気づいた。その感動を、かの名句のフレーズに移し替えた。この心情も美しい。(吟)

国境のなき大空や鳥渡る  遊々子

渡り鳥は国境線もEEZもない大空を自由に飛んでいる。游々子さんは大空を飛ぶ鳥になって俳諧の翼を大きく広げようとする心構えを示されたようで、大変心強い。(幸男)

国境の無き大空や鳥渡る  游々子

人は国境線で争い毎日戦禍が絶えない、渡鳥の様に大らかになれないものか。(つよし)

私が選んだ句と評は以下のものです。順番は句会の順になっています。

(1)去る人や胸一杯に花の雨       水澄子
(2)遠い日が今手のひらに盆踊り      マサ子
(3) 夏墓の罅(ひび)より青きこぼれ花  虻曳
(4)退官の人と鶏頭炎(も)ゆるを視(み)   吟   
(5)しぐれ降る遠き記憶の木靈かな      夜汽車  
(6) 冬の雨能勢は墨絵に沈みけり       幸夫  
(7) 枯れ畑に緑濃き菜の出番待つ       明美  
(8)コロナ禍や人なき街に早春賦       幸男  
(9) 風鈴に好みの風のあるらしく    つよし 
(10) 鐘の音で寺の名わかる嵯峨の里     銛矠
(11)真空管ラジオ咆えたり開戦日     幸夫     
(12) 江の電の始発はすでに春の中    おるふぇ
(13)足元の蟻適当な奴も居り       まめ    
(14)短日が一番似合う田んぼ道     恒雄  
(15)雲母坂咲き登りゆく山桜         楽蜂 
(16)吊り橋を渡れば頬に若葉風    正臣 
(17)おとなりもおむかいさんも月の友 嵐麿 
(18)瓜冷す水に溢るるうすみどり   遥香   
(19)余生てふ危ふきものよ濃紫陽花  蒼草   
(20)朱夏なればふるさと帰る無一文  二宮  

自分の作風として、蕪村の郷愁的な句を好みとしているので、選句も自ずと、リズムが整っていて読んで気持ちが良くなる句が多くなりました。例えば、

 (10)鐘の音で寺の名わかる嵯峨の里   銛矠

 (15)雲母坂咲き登りゆく山桜        楽蜂

 (16)吊り橋を渡れば頬に若葉風    正臣

のような句です。殊に前の2句は京都の地名が使われていて、イメージが膨らみます。また、蕪村の「遅き日のつもりて遠きむかしかな」を連想させるような句も私の好みです。

 (2)遠い日が今手のひらに盆踊り     マサ子

 (5)しぐれ降る遠き記憶の木靈かな    夜汽車

句中に「遠い」という言葉が含まれているので、蕪村の連想に繋がってくるのだと思います。次のような句も読んでただただ気持ち良くなる句です。

 (12)江の電の始発はすでに春の中   おるふぇ

 (18)瓜冷す水に溢るるうすみどり  遥香

勿論京大俳句には、社会性を持つ佳句は多々あります。

 (11)真空管ラジオ咆えたり開戦日  幸夫

 (13)足元の蟻適当な奴も居り     まめ

開戦日の句は、大本営発表を報道する軍人の甲高い声が、真空管を壊さんがばかりに響いてくる情景を的確に捉えています。
最後に僭越ですが、自句をひとつ紹介させてもらいます。

 四時限の休講京の野に遊ぶ           游々子

この句は大学時代を懐旧したものです。教養の頃の大学はとにかく休講が多く、そんなときは歩いて一時間で登れる大文字山が定番の遊歩コースでした。大概は京都出身の友人と一緒で、山から見える京都の町並みの説明を受けたものでした。

(後記)本会誌、いつの日か現役の京大生の眼に留まり、彼らが学内で俳句サークルを始めようとするとき、過去にこのような会があったことを知り、参考にしてもらえればと願うばかりです。

京都大学時計台
京都大学時計台記念館 Photo by Rakhoo