添削(58)-あすなろ会(14)令和6年4月ー
裾花さん
原句 クラス会待たずに咲きし花杏
故郷で毎年行われているクラス会、例年はクラス会に合わせて杏の花が咲いていたのが、今年は早く咲いてしまったという句で、内容のよくわかる句です。ただ、”待たずに” と詠嘆することが、この句の場合、詩情を増すことになっていませんので、花杏やクラス会を補強する別の言葉にした方が俳句としての味わいが深まるでしょう。
参考例 花杏咲きし故郷のクラス会
原句 知らぬ間に遠く去り行く春の雷
この句の問題点は、上句中句が散文的な説明表現になっていることです。これは倒置表現すれば、一応は解決します「春の雷遠く去り行く知らぬ間に」。ただ、雷というものは、終われば去って行くものですから、中句の ”遠く去り行く” という措辞では、俳句の妙味が生じていません。別の内容で詠んだ方が良いでしょう。
参考例 知らぬ間にポチの寄りをり春の雷
原句 夏山の緑おしよせ宿の窓
中句の ”おしよせ” は「おしよす」の連用形で、助詞「て」を伴って次に続く活用ですが、ここは終止形あるいは連体形の「おしよす」にしなければいけません(参考例1)。「おしよす」という動詞の代わりに、より緊張感の高い動詞を使ってみます(参考例2)。
参考例1 夏山の緑押し寄す宿の窓
参考例2 夏山の緑の圧す宿の窓
蒼草さん
原句 添え木なほ明日へと垂(しだ)る老桜
添え木の助けを借りて、明日へと向かう老桜の生命力を詠んだ句です。中句の ”明日へと垂る” が効いています。直しの要らない秀句です。
原句 散り初むる花のひとひら奉納舞
鎌倉か何処かの能舞台で舞が奉納されている、そこにひとひらの花が舞ってきたという句です。上句中句を漢語で締めて、残った字数で奉納舞の映像を強くしてみます。
参考例 一片の落花静(しずか)の奉納舞
原句 入相(いりあい)の飛石揺るぎ春惜しむ
入相とは夕暮れのこと。夕日に照らされて川に敷かれている飛び石が揺らいでいるようだ、という句です。この句の問題点は、中句 ”揺るぎ” が「揺るぐ」の連用形で、惜しむという動詞に繋がる活用形になっていて、俳句としての切れがない表現となっています。動詞が二つ続くことも俳句としては好ましくありません。もしこの飛び石が、鴨川の出町柳のところのものだとすれば、単刀直入に「加茂の飛石」とした方が、詩情が豊かになると思います。
参考例 入相の加茂の飛石春惜しむ
遥香さん
原句 京の舞枝垂れ桜のそよぐ如
本句の場合、比喩として選択された枝垂れ桜が、京舞には近いので、普通に ”そよぐ” ではインパクトが弱いです。別表現で工夫を凝らす必要があります。
参考例 京の舞枝垂れ桜の恥じる如
原句 地下足袋の爺颯爽と植木市
植木市に出品した植木職人の颯爽とした姿を詠んだ句です。本句の問題点は ”颯爽と” が副詞であるため、次の語が植木市という名詞では、繋がっていかないことにあります。ここは「○○の植木市」という表現形態にしなければなりません(参考例1)。老職人の粋を詠むとすれば、参考例2のようなものも考えられます。
参考例1 地下足袋の爺躍動の植木市
参考例2 別珍の足袋老爺の植木市
原句 匂ひ立つ大地となるや春の雷
雷の後の空気は、放電によるオゾンの生成で匂いが発生します。また湿った大地からも匂いが湧き立つものです。本句はそれを詠んだもので、五感に訴える句になっています。ただ、中句を ”なるや” と詠嘆で切るのではなく、 ”なれり” と断定する方が、句の響きが良くなります。
参考例 匂ひ立つ大地となれり春の雷
怜さん
原句 春耕や億年前の海の底
今、畑として耕しているのは、昔は海の底であったものが隆起してできた土地であると詠んだ句です。言われてみればその通りで、億年という長い時間を表す言葉が、季語の ”春耕” と合っていて、直すことの要らない佳句です。日本列島は2000万年前に大陸から切り離され、茅ケ崎辺りは、6000年前の縄文時代には海の底に沈んでいました。
原句 春暁や一人占めする露天風呂
確かに東の空が明けてくる頃の露天風呂は、他に客が居なく一人占めした気持ちになるものです。本句も面白い処を衝いた佳句です。ただ、”一人占め” は詩情に欠けているので、詩的な内容に変えてみます。
参考例 春暁や鳥と語らふ露天風呂
原句 春惜しむ小岩井の一本風に舞う
本句は、小岩井農場に植えられている樹齢120年のエドヒガンを詠んだものです。上句で季語を使っているので、表現の難しい素材となっています。
参考例 小岩井の風の牧地や春惜しむ
弘介さん
原句 春暁の夢に描きしパラダイス
春暁の夢が気持ちの良いパラダイスのようであった、という句です。”描きし” は要りません。
参考例 春暁の夢は現世のパラダイス
原句 時過ぎて両手(もろて)にすくふ花の精
満開であった花もその時期が過ぎ、落花を手で掬ってみた、という句です。”時過ぎて” は要りません。
参考例 露座仏や両手の中の花の精
原句 初出社胸の高鳴り最大級
いわゆる三段切れになっています。”最大級” は要りません。
参考例 入社式胸の高鳴る起立かな
游々子
浄土とは春の眠りの二楽章
のどけしや貝を拾ふ子波追ふ子
郎党は八人喜寿の桜鯛