添削(49)-あすなろ会(4)令和5年6月ー

裾花さん

原句 夏椿狭庭の女王(ぬし)におさまりぬ

夏椿

夏椿は6~7月に椿に似た白い花を咲かせる落葉樹です。剪定せずにいれば高さ10mを越えて育つという樹で、原句はそのような樹が、庭の女王然として白い花を咲かせている、という句です。”おさまる” という動詞は使わずに、中句以下を ”狭庭の女王(ぬし)の夏椿” として、上句に映像を持たない時候の季語を添えて、本季語の「夏椿」を引き立ててみてはどうでしょうか。

参考例 若夏や狭庭の女王(ぬし)の夏椿


原句 てんと虫小さき生命(いのち)に役目あり

てんと虫は畑であぶら虫を食べてくれる益虫で、原句の ”役目” はそのことを言っています。中句以下が説明文的になっていますので、”役目あり” を引き締まった名詞表現にしてみます。

参考例 小さくも畑の狩人てんと虫


原句 白南風の波しぶき立つ烏帽子岩

この句には二つの改善すべき個所があります。一つは上句の ”の” で、ここは ”や” で切るべきです。「白南風や波しぶき立つ烏帽子岩」 もう一つは中句の ”立つ” で、波しぶきは ”立つ” ものですから、この動詞は使ってはいけません。

参考例 白南風や烏帽子の沖の波しぶき


蒼草さん

原句 飾り立つ馬も主役の賀茂祭

葵祭

今年の葵祭は5月15日が雨の予想であったため、斎王代の行列は16日に順延して執り行われました。原句での ”馬も主役” という措辞は、馬を詠む句では不要で、隊列の華やかさに字句を割り当てるのが良いと思います。

参考例 飾り立つ栗毛の列や賀茂祭


原句 卓袱台の瓜漬け偲ぶ昭和の日

「昭和の日」は平成19年に、それまで「みどりの日」となっていた昭和天皇の誕生日4月29日の名称が変わったもので、今では5月4日の「みどりの日」も「昭和の日」も晩春の行事の季語となっています。句意は、昭和の日に瓜漬けを食べて、昭和の昔にはそれを卓袱台でいただいたということを懐かしむ、というものです。原句は ”偲ぶ” の目的語が ”卓袱台の瓜漬け” となっていて、瓜漬けを昭和の日に食べて、昔は卓袱台で食べていたことを追想したということが、明確になっていません。瓜漬けが追想のトリガーになったことを明記したほうが良いでしょう。佳い着想です。

参考例 瓜漬けで偲ぶ卓袱台昭和の日


原句 短夜の深き運河の眠りかな

短夜は明け易い夏の夜のことで、眠りから覚めていく内容でないと、季語に合いません。運河を素材とするのであれば、船の出入りが始まり出した、というようなものにすべきでしょう。

参考例 短夜や運河を下るポンポン船


遥香さん

原句 修善寺の煙る竹林梅雨深し 

修善寺の竹林

修善寺には竹林の中に石畳が敷かれ、400mほどの遊歩道が作られています。”梅雨深し” に該当する季語に、”梅雨の闇” というのがあり、五月雨の降るころの厚い雲に覆われた、昼夜を問わぬ暗さのものがあります。それを季語としたとき、修善寺を素材とするなら、竹林よりも修禅寺(町を指すときは修善寺、寺を指すときは修禅寺)の宝物館にある頼家の面にした方が凄みが出ると思います。

参考例 夜叉王の裂けたる面や梅雨の闇


原句 瓜冷やす水に溢るるうすみどり

瓜を冷やす水が、瓜の薄みどりに染まり、水から溢れるという句です。着想、表現とも申し分ない佳句です。中句から下五にかけて、ひらがなが続いているので、一部漢字にした方が良いでしょう。「瓜冷やす水に溢るる薄みどり」直すところはありません。


原句 黴の香の語る月日や考蔵書 

昭和の初めの頃、一冊一円の本が出回り、円本(えんほん)と称されていました。(当時学卒の初任給は50円前後だったので、一円でも決して安くはなかったのですが)この円本を使用すれば、お父さんの青春時代に符号して、適切だと思います。俳句界では ”考” を亡くなった父親の意味で使っていますが、この場合 ”父” で何ら誤解を生じませんので、世間で普通に使っている漢字にした方が良いと思います。

参考例 黴の香や父青春の一円本


怜さん

原句 試歩の道貰いし瓜のあたたかさ

瓜

試歩の途中、家庭菜園をやっている知り合いが呉れた瓜が、まだ太陽の熱を持っていて温かい、という句意です。着想の良い佳句です。下五の着地が不安定なので、語順を変えてみます。

参考例 あたたかき瓜を貰ひし試歩の道


原句 納戸開け重くきしみて梅雨入りかな

納戸を開けたところ重いきしみがあったので、梅雨入りしたことを実感した、という句意。ありそうな景色です。

参考例 木納戸の重く軋むや梅雨の入り


原句 南風うけて砂まじりの髪夜叉のごと

砂丘地帯での強い海南風で、夜叉のような髪になってしまった、という句意です。

参考例 夜叉のごと我が髪なびく海南風


弘介さん

原句 墜栗花雨稜線薄く芙蓉峰

栗の花

墜栗花と書いて ”ついり” と読みます。梅雨の時期に栗の花が落ちるところから、このような漢字が使われるようになっています。芙蓉峰は富士山の雅称です。本句は上句と下句に、梅雨の雨と富士山という二つの名詞を置いて、中句でそれを繋ぐ構成になっています。いろいろな繋ぎ方があり得る中で、本句は稜線に着目したものです。富士山の底に着目した場合を、参考例とします。

参考例 墜栗花雨ジオの鼓動や芙蓉峰


原句 短夜や夢も短し草枕

短夜に旅の宿でみた夢も短かったという句です。二回目の ”短し” が淡泊なので、より想像を膨らませるものに替えてみます。

参考例 短夜や夢も修行の草枕


原句 大南風(おおはえ)や満載貨物海路往く

大南風の中、沖に貨物を満載した船が進んでいく、という風景句です。船が ”海路往く” のは当たり前ですので、別の表現にしてみます。

参考例 航跡の白き相模の大南風(おおみなみ)


游々子

白南風(しろはえ)やめがね外した海女の顔

海女

碧眼の女人の杜氏や麹かび

山映す雲も映せる植田かな