京大俳句会(10)-第173回(令和5年7月)-

今回の兼題は「祇園会」です。

祇園会の鉾建て
祇園会の鉾建て(令和5年7月10日)日経新聞より

「京大俳句会自由船」のオフィシャル・サイトはこちらです。

1  天の川地球の大河は濁りけり           のんき

2  枝(え)に眠る一羽鴉や夏の月          遥香

枝にとまる鴉

この句から私(游々子)は、夏目漱石の「吾輩は猫である」の中で、寒月くんが俳劇論を展開する場面を連想しました。それは、

俳人虚子が花道を行き切っていよいよ本舞台に懸った時、ふと句案の眼をあげて前面を見ると、大きな柳があって、柳の影で白い女が湯を浴びている、はっと思って上を見ると長い柳の枝に烏が一羽とまって女の行水を見下ろしている。そこで虚子先生大(おおい)に俳味に感動したという思い入れが五十秒ばかりあって、行水の女に惚れる烏かなと大きな声で一句朗吟するのを合図に、拍子木を入れて幕を引く。

というものです。本句は、枝に鴉が止まっているということだけで、それ以外のことは言っていないことによって、十分に俳味がでた秀句となっています。(游々子)

日頃嫌われがちな鴉ですが、群れから離れ眠る一羽の鴉を夜更けの月が照らし出している情景に詩情を感じました。(遥香自句自解)

3  祇園会や遠き闇より笛の音             つよし

 祇園会や路地の奥より童歌 楽蜂   
祇園祭りは「灯りの祭り」で、普段は薄暗い路地の奥まで提灯を並べて町内を照らす。その灯りに誘われて奥にすすむと、屏風や掛物が飾られたさらに明るい広間があり、そこで子供らが客寄せの童歌を合唱し、祇園ばやしを流したりする。
  安産のお守りさんはこれより出ます
  常(つね)は出ません今晩かぎり
  ご信心のおん方さまは
  受けてお帰りなされましょう
  蝋燭一丁,献じられましょう
掲句2句は、ほとんど同じ構造の俳句である。しかし楽蜂の句は常識的に灯りを背景にしているのに(それ故に挨拶句程度のものだが)、つよし氏のは闇を強調して逆張りになっている。なんでやねん?(楽蜂)

4  祇園会や春の桜はいま青葉             のんき

5  祇園会や路地の奥より童歌             楽蜂

6  京の昼郡上踊りを美濃衆と             嵐麿

7  更年期熱中症に昼散歩              二宮

8  この花たちと秋をゆく誰なのあなたは        武史

9  首里城の万丈の黙朱夏に入る           蒼草

首里城
首里城正殿

幸いにも火災前の首里城に行きました。漆の深い赤に覆われた城はまるで沖縄の歴史を背負い、耐えたいるように感じられました。(蒼草自句自解)


10  背のびして鉾を待ちおり汗しとど         吟

11  虎一位お祝いモードのコンチキチン        嵐麿

12  根絶やしにできないコロナ夏休み         吟

13  876 道真見たか祇園の会            二宮

上句の876の意味が分からなかったので、作者の二宮さんに訊ねたところ、祇園会の起源となる西暦とのことでした。ただ、道真はそのとき成人していて、大宰府に流されるのは901年ですから、見たに決まっています。もし大宰府に流されるのと祇園会が始まったのが同じ年であれば、面白いことを発見したとなりますが、この組み合わせでは年代に幅があって、ちょっと失敗ですね。年代がアラビア数字になっているのはご愛敬です。祇園会の古さを詠むのであれば、私なら ”今も” という措辞を使って、”祇園会や今も醍醐の鉦叩き” と致します。二宮さん、ごめんなさい。(游々子)

14  母の耳朶かじる母系家族のわたしです       武史

15  ビワマスは前景に竹生島舌鼓           幸男

原句は意味が不明。「ビワマスに前景は竹生島舌鼓」なら特殊な文法になるけれど意味はわかる。そうなら「ビワマスに舌鼓して竹生島」では? 同じ作者の「吾が嫁は鉾町育ちピアニスト」の方はすっきりと分かりやすくリズムがある。高浜年尾の「女房は下町育ち祭好き」のような変な理屈ぽさがないのが良い。(楽蜂)

16  鉾立つや洟垂れ餓鬼のコンチキチン         游々子

17  水売の空荷で帰る夏の月            游々子

棒手振り
江戸時代の棒手振り

江戸時代の行商の姿を詠みました。肩に担いだ天秤の荷のものを売り切り、貧しいながらも楽しい我家に帰るという行商人(棒手振り)の充足感を詠んだ句です。(自句自解)

江戸時代の物語風で個人的には好みの作品である。蕪村に「鮎くれてよらで過ぎ行く夜半の門」がある。ただ「水売」は夏の季語なので下五「夏の月」はかぶっているのでは?(楽蜂)

18  名山をゆさぶり止まぬ蝉時雨          つよし

19  宵山の浸透圧や京の街             楽蜂

20  宵山や艶めく鉦の熱き暮夜           蒼草

21  洛中を揺さぶらんとす鉾祭り           遥香

宵山の浸透圧や京の街      楽蜂
洛中を揺さぶらんとす鉾祭り   遥香
宵山の賑わいは鉾の建てられた京都市内の一部の地域に限られている。すごい数の人が押しかけるがほとんどが他からの観光客で、市民はシラーっとしていて、あまり行かない。それでも今日は宵山というので、なんとなく市内のどこもはなやいだ緊張感があって、道で知り合いにあうと「今日は宵山どすな」とか挨拶する。遥香氏の句も似たような趣旨のものではないかと思うが、「揺さぶらんとす」は少し過剰で、京都市民はもう少しクールです。(楽蜂)

22  吾が嫁は鉾町育ちピアニスト            幸男