俳句的生活(102)-小出川の桜ー

茅ヶ崎に引っ越して来た昭和54年ごろ、小出川の土手は、今のように整備されていなく、自転車で土手の上を走ろうとすると、頭よりも高く生い茂った萱を掻き分けながら進まなければならないというものでした。平成に入り、土手に桜を植えるグループが三つ出来、場所は南から順に、夢わくわく公園前、向田緑地公園脇、萩園橋上流 となっています。それぞれに強いリーダーシップを発揮される人がいて、メンバーはボランティアとしての参加で構成されていました。私自身は、萩園橋上流(花とともにくらす会)と向田緑地公園脇(萩桜会)の二つのグループに、メンバーおよび役員として参加し、植樹とメンテ活動をしてきました。植樹してから14年がたち、早くも樹間が狭いと感じるほどに、大きく育ちました。

3か所の桜の場所は、それぞれに特徴があります。萩園橋上流は、桜は河津桜で、桜以外に紫陽花と曼殊沙華が植えられています。萩桜会は、その名の通り桜と萩です。夢わくわくは、子供むけ公園脇の桜スポットとなります。桜満開の時期には、イベントが開かれて、交流の場が作られています。

土手に桜を植えることは、簡単そうに見えますが、土手の法面(のりめん)に植えてはならず、土手の中心から水平で3m離れていなければならないのです。また、耕作地が土手の近くまで迫ってきている箇所では、畑を日陰にしないような配慮も必要でした。現在3か所とも、川の右岸に植樹されましたが、左岸ではこの条件をクリア出来なかった結果だと思います。

本当のことを言えば、桜は横から眺めるのでなく、両サイドから頭上に花が覆いかぶさるのが最上です。東京の千鳥ヶ淵が愛でられるのは、この理由からです。葉桜を詠んだ、葉桜の中の無数の空さわぐ という名句も、桜を下から上に眺めたもので、横からのものではありません。何とかして景観を取り戻せないかと思うこの頃です。

壮年の頃の植樹や秋高し

櫻と萩
平成20年、家内と手植えした桜と萩