添削(56)-あすなろ会(12)令和6年2月ー

裾花さん

原句 貝寄風や小貝にまじり小石飛ぶ

四天王寺の聖霊会

貝寄風(かいよせ)とは、大阪四天王寺の聖霊会(旧暦二月二十二日)のころに吹く季節風のことです。四天王寺の聖霊会では、供華の筒花を住吉の浜に吹き寄せられた貝殻で作ることから、この名前が使われるようになっています。この風は、長くは続かないが、かなり強いことが特徴です。原句はその風の強さを詠んだものですが、動詞を二つ使い、結果としてリズムが悪くなっています。動詞を一つにしてリズムを良くしてみます。

参考例 貝寄風や小貝と小石飛ばすほど

原句 貝寄風に乗れず帰船のままならず

裾花さんは、今回「貝寄風」で二句出しています。この句は、”帰船” が帆を掛けた船であろうと思わせ、貝寄風と相俟って、古い時代を連想させる佳句です。気になるところは、否定を表す接尾語「ず」を二つ使っていることで、これでリズムがやや悪くなっています。否定ではなく肯定の句にした方が、リズムの取れたものが得られます。

参考例 貝寄風に乗りて帰船の好日(よきひ)かな

原句 寒明けや川の中州に鷺立ちぬ

この句には問題点が二つあります。一つは、”中州” は川の中にあるに決まっていますから、”川の” は要りません。もう一つは、鷺は立っている生き物ですから、立っているということだけでは面白みがなく、別の表現をしなければいけません。

参考例 微動せぬ中州の鷺や寒明けぬ

蒼草さん

原句 石に問ふ庭師の無言春の水

天龍寺の庭園
天龍寺の庭園

山水のある日本庭園では、石を中心にして全体の造形を考えると言われています。本句は石を眺めて想を練っている庭師を詠んだものですが、”問ふ” と ”無言” は重複しています。単に ”問ふ” とした方が良いでしょう。

参考例 石に問ふ京の庭師や春の水

原句 春寒し黒楽椀の光閉づ

楽椀は、楽焼茶碗を略したもので、楽茶碗、または楽(らく)とも呼ばれています。千利休の創意を受けた楽長次郎(らくちょうじろう)が始めたとされているものですが、本句はその黒楽椀が、あたかもブラックホールのように、光を椀の中に閉じ込めて外に漏らさない、と詠んだもので、意表を突いた佳句です。語順を入れ替えて下五を体言止めにした方が、リズムが良くなります。

参考例 春寒や光逃がさぬ黒楽椀

原句 悴むや瓦礫の子らの目の虚ろ

上句で ”悴む” を詠嘆していますが、詠嘆するところは、”子ら” にした方が良いでしょう(参考例1)本句のように、災害について詠む場合、惨状を前面に押し出すのではなく、季語とマッチさせて淡々と詠む方が逆に、読む人の胸に迫ることが有ります。この句の場合、季語 ”悴む” が適切でなかったように思えます(参考例2)。

参考例1 虚ろ目で悴む子らや能登の地震(ない) 
参考例2 寒中に立ち尽くす子や能登の地震(ない)

遥香さん

原句 大鳶の一笛澄めり寒の明け

寺と鳶
寺と鳶

本句は、”寒の明け” という映像を持たない時候の季語に対して、残りの12音が、映像はまかしておけとばかりに、季語に合った澄んだ空を映像として映しだし、季語を強烈に引き立てています。直しの要らない秀句です。

原句 春めくや番(つがい)の跳ねる潦(にわたずみ)

潦(にわたずみ)とは、雨が降ったりして地上に溜まった水のことです。前句と同様、本句も季語と12音という基本を踏襲した佳句です。ただ、上句を ”春めくや” にすると、それに続く12音は、めくりめく春めいた情景が展開されることが望まれます。例えば角川の歳時記の例句になっている鷹羽狩行の「春めくや階下に宵の女客」といったものです。本句の12音は、どちらかというと、”春めいてきたので” という色彩の強いものです。そうすると、季語を ”春めきて” と活用して使うのが適切だと思います。もう一点、中句で ”の” を使い、丁寧に番を主格として明示していますが、この ”の” は省略した方が、句が締まると思います。

参考例 春めきて番(つがい)飛び越す潦(にわたずみ)

原句 掬ふ手に煌めく光春の水

本句は中句の ”煌めく” が手垢のついた表現で、全体を平凡なものにしています。ここは俳句らしい表現にしなければいけません。また上句の助詞 ”に” は場所を表す ”に” ですが、この ”に” はどうしても句を説明的にしてしまうので、なるだけ避けた方が良いでしょう。

参考例 掬ふ手の光を砕く春の水

怜さん

原句 源平の合戦のごと椿落ち

本会で初めて時代物の句が出てきました。椿の花の色に源平の赤と白の旗を重ねようというのが、この発句の動機でしょう。このような句は蕪村や虚子も数多く作っているので、チャレンジする価値のあるものです。源平の合戦のうちで、屋島の「扇の的」を想定したものを参考例としました。

扇の的
平家物語絵巻

参考例 扇のごと舞ふや椿の赤と白

原句 袋田の凍ることなく寒明ける

今年は暖冬で、袋田の滝が凍てることなく寒が明けてしまった、という句です。同じ内容でリズムを良くしてみます。

参考例 寒明くや神ます滝の凍てぬまま

弘介さん

原句 貝寄風(かいよせ)に裳裾をよじる若き海女

現在、多くの海女さんは「磯着」と呼ばれる、全身を覆う白い服を着て漁をしています。上半身は磯シャツ(白木綿の上着)を着用し、下半身はフゴミと呼ばれる木綿の短パンをはいたり、磯ナカネをスカート状にして巻き付けたりしています。

海女

本句のポイントは ”よじる” という動詞の使い方です。”よじる” は他動詞で、その意味は広辞苑では、「ねじる、ねじまげる、ひねる」となっています。本句では、”よじる” の目的語は裳裾で、主語は海女となっていますが、上句に貝寄風をもってきていますから、貝寄風で裳裾がよじれている、と ”よじる” を受身形で使うのが良いと思います。

参考例 貝寄風によぢれる海女の裳裾かな

原句 空っ風背中丸めてかじかむ手

本句の問題点は、一人の人間について、”丸めて” と ”かじかむ” と二つの動詞が使われていることです。

参考例 悴むや野に空風の帰り道

原句 奥庭や春まだ浅き固つぼみ

季語は「春浅し」ですが、この季語には ”まだ” というニュアンスが含まれていますので、”まだ” を付ける必要はありません。

参考例 春浅しつぼみの固き奥の庭 

游々子

悴むは我に死語なり丘に立つ
一生の幾年(いくとせ)逢ひし初ざくら
春浅し櫂(かい)打つ湖(うみ)も叡山も