アルプスは代馬消えて青田風 (2012夏 蓼科無藝荘俳句募集入選)

北アルプスに白馬岳という山がある。春になり雪が溶けて岩肌が現れると、その形が馬に似ているというので、その山は白馬岳(代馬岳)と呼ばれるようになった。それが田植えをする合図でもあった。さらに季節が進み、雪解けと共に白馬も消えると、田植えした苗は青々と育ち、そこにはアルプスの風が吹いている。句はそのような農事を詠んだものである。

蓼科は茅ヶ崎ゆかりの小津安二郎が山荘を構え、相棒の野田高梧と夏の間シナリオを書いた処である。小津の旧居(無藝荘)は今は一般開放されていて、小津ゆかりのものが展示されている。9年ほど前に、そこで俳句が募集されていたので応募したところ入賞となり、賞品として、選者が白樺の板に句を書いてくださったものを頂いた。左の写真はその板である。

現世より長き極楽水を打つ (2020.9.12 読売秀逸入選)

(評)極楽を信じて、苦しみの多いこの世を懸命に生きる。人生など瞬く間なのだから。水を打ってきりりとした涼しさと、そんな信心とが響き合うようである。(石田郷子)

広島の裂けたる墓石朱夏に立つ (2020.8.30  神奈川新聞入選)

筆者の墓は広島にある。原爆により、墓石は黒くひび割れている。住職さんと相談した結果、この墓石はそのまま残そうということになった。年月が経ち苔が墓石を包むようになると、このひび割れも目立たなくなってくるであろう。

森をゆく甲斐のひき馬風薫る (2021.5.30 神奈川新聞入選)

2年ほど前、娘一家と小淵沢の乗馬クラブで、30分間のひき馬に乗ったことがある。初めての体験で、90度回転しながら急坂を下った時には体が傾き、落馬するのではないかと思った。自動車教習所で初めて車を運転した時、わずか30km/hのものをすごいスピードと思った、あの感触である。後半には力を抜いて馬の動きに身体を合わせることが出来るようになり、森の中の乗馬を満喫することが出来た。やみつきになりそうな新しい趣味である。

また一人去り行く麦の秋の島 (2021.6.20 神奈川新聞入選)

先月の句会で麦秋が兼題となった。この時、麦の秋の○○ という、中七下五に跨った句をいくつか作ってみた。掲句はその中の一つである。句会には、遊牧馬と並走麦の秋の汽車 というのを投句した。モンゴルの草原列車を詠んだのだが、点はあまり入らなかった。麦秋で真っ先に連想するのは、小津安二郎の映画である。こちらは、麥という字を使い、麥秋 となっている。ラストで原節子が三宅邦子と海岸を走るシーンがあるが、これは茅ケ崎海岸での撮影である。小さくはあるが、烏帽子岩が遠くに映っているからである。

メモ帳の白き余白や新樹光 (2021.7.3 読売新聞入選)

余白というものは、スペースであれ時間であれ、段々と埋められていく。黄ばんでくることだってある。それがまだ、白いままで残っている。大切にしたいものだ。

野生馬と並走麦の秋の汽車 (2021.8.21 読売新聞入選)

10年ほど前のことになりますが、戦前にモンゴルでフィールドワークをされた文化人類学の先生を主キャラクターとした、半自伝的な小説を書いたことがあります。先生は、研究所の置かれた内モンゴルの張家口から、100km離れた清朝の元王族が所有する牧場まで、馬で旅したことがありました。本句は、先生のその時のお話を追想しながら作ったものです。

ランナーの靴の弾むや立葵 (2021.8.28 読売新聞入選)

コロナ禍でも、内堀通りをジョギングしている人達がいます。人の背丈にまで育った立葵が大輪の紅い花を付けていました。NHKの大河ドラマは、大政奉還から明治へと進みましたが、もし十五代将軍が、家康のような百戦錬磨の人物であったなら、近代日本は、別の道を歩んだのではないかと思わざるをえません。

古事記なる出雲の海の夕焼かな (2021.9.18 読売新聞入選)

宍道湖の夕焼けの素晴らしさは、若いころ、石川淳の「諸国畸人伝」を読んで知っていました。25年前にもなりますが、家内と二人でベストシーズンに訪れたことがありました。家内は、「黄金の夕焼の湖や二人旅」という句を遺しています。読売に入選した今日9月18日は、家内の誕生日。新聞での入選を見たときは、家内からのプレゼントだと思いました。