祖母の雛滿洲國の番地あり (2019.4.6 読売佳作入選)

(評)祖母の雛人形を入れた箱だ。満州国の番地が記されていた。この人形は祖母と一緒に引き揚げてきたのだ。命に及ぶ危険な引き揚げの中でも雛人形だけは手放さなかった祖母。この雛人形を通して気丈な祖母を偲んでいる。 (辻桃子)

箸墓に眠る人あり桃の花 (2021.4.18 神奈川新聞入選)

箸墓の近くにある纏向遺跡からは、炭化した大量の桃の種が発掘されている。桃は古代中国の神仙思想と結びついた植物であった。巫女的存在の卑弥呼。大量の桃の種の発掘は箸墓に眠る人が誰であるかを、強烈に暗示している。

航跡の白き対馬の卯浪かな (2019.6.22 読売佳作入選)

対馬の砂浜

(評)対馬の海岸に卯浪が寄せている。沖をゆく船の航跡がことのほか白い。対馬は古くから大陸との往来の要衝の島。船の航跡の白さに、かって行き来した船を思ったか。沖の航跡と寄せる卯浪と。大景を詠んで気持ちがよい。 (辻桃子)

雷鳥のつがう縄張り青き踏む (2021.5.2 神奈川新聞入選)

3年前、GW中に子供たち2家族と総勢8人で、長野から黒部を越えて富山へと抜ける旅をしたことがあった。称名の滝と呼ばれる全長500mの雪解け水を集めた滝が壮観であった。掲句は、孫たちが成長した今、もう一度総勢8人での旅行を企画していた時に詠んだものである。企画はコロナのために実現しなかった。

七歳と喜寿のラインや春の暮 (2021.5.15 日経三席入選)

(選者のひと言)ラインでつながる作者とお孫さんのこころ。至福の刻。(黒田杏子)

五月雨を集める滝や酒仙境 (2013春 茅野市俳句募集入選)

多留姫文学自然の里

茅野市の南に、多留姫文学自然の里と呼ばれるエリアがある。一帯は散策路が設けられていて、芭蕉をはじめ多くの歌人俳人の作品の石碑が建立されていた。多留姫の滝と呼ばれる滝があり、折からの雨を集めて轟音を発していた。滝を眺める処に古びた東屋が建っていて、脇に投句箱が置かれていた。掲句はその時の投句が入選したものである。

春の水美味し甲武の分水嶺 (2021.5.22 読売入選)

過日、深谷の渋沢記念館を訪れた。この句はその折のものである。秩父には関東に流れる荒川と甲州盆地に流れる笛吹川がある。その境目が分水嶺であり、昔より、分水嶺の水は美味いと言われていた。よって、分水嶺の近くには多くの酒蔵が並んでいた。水も美味いが酒も美味い、この句はそうした事情を詠んだものである。

満ち潮に運ばる春の大夕焼 (2021.6.6 神奈川新聞入選)

サイクリングで頻繁に訪れるところが、相模川の堤防である。ここは汽水域になっていて、満ち潮の時は海水が波を立てて川を遡っていく。そこに海に沈んでいく夕陽が当たると、あたかも波が光を運んでいるようにみえる。赤い夕陽で空と海と河が繋がっているように見えるのだ。

薄氷を跳ぶ子廻る子かち割る子 (2022.3.27 神奈川新聞入選)

茅ヶ崎でも2月には、氷が張るほどの寒い日がありました。自転車で、田圃の中の馬入道を走ったところ、轍には薄氷が張っていて、自転車のタイヤでバリバリと潰す音が、小気味よかったです。子供ならどうやって遊ぶだろうかと考えて、この句が出来ました。

また春のリセット仏語講座かな (2022.4.3 神奈川新聞入選)

フランス語は、大学で第2外国語として履修したのですが、卒業後は使う機会がなく、全く忘れ切ったという状態になっていました。NHKのラジル*ラジルの聞き逃しサービスで聴講できることを知り、3月より聴き始めました。入門編も、過去条件法というような動詞の活用形が出て来ていて、結構難しくなっていたのですが、4月からはまた易しくなっていて、今度こそ中断せずに、応用編にまで繋いでいこうと決意した次第です。

ふらここや光を揺らすおさげ髪 (2022.4.24 神奈川新聞入選)

春になると、空中に光が充ち、あたかも光が物質であるかのように、思えてきます。ぶらんこに乗っている少女の髪が光るのは、髪に当たった光が反射しているに過ぎないのですが、髪が光を揺すっているかのように、思えるのです。


ピカピカの英語で届く花便り  (2022.5.1 神奈川新聞入選)

昨年、上の孫が中学生になりました。英語でのメールが来るようになればと願望した句です。まだ貰ってはいませんが、そのうちに、と期待して待つことにしています。


種蒔くや十色の夢を蒔くごとく  (2022.5.29 神奈川新聞入選)

畑仕事をしていて、一番の充足感を覚えるのは、畝を作り、そこに苗を植え付けたり、種を蒔いた時です。畝には未だ雑草の一本もなく、白い画布にも思えて来ます。一番に夢を覚える瞬間です。


神木に沁み入る諏訪の雪解水  (2022.6.4 読売新聞入選)

信州諏訪地方では、7年に一度の御柱祭が行われます。茅野の上社では、御柱は八ヶ岳の森から伐り出され、前宮の手前で、宮川という川を渡ります。この川の水は、八ヶ岳の雪解け水を源流として、儀式の行われる四月には、未だ氷水のような冷たさとなっています。冷たい分だけ、厳かさもひと際のものとなります。今年は御柱の年でしたが、コロナ禍のため、八ヶ岳山麓からの曳行はトラックで行われ、川越えの儀式も、トラックが宮川橋の上で駐車し、消防車がポンプで宮川の水を汲み上げて、神木に撒きかけるということになりました。


卒業す階段に疵つけたまま  (2022.6.18 読売新聞入選)

今までに、幾つもの卒業を経てきましたが、どれも階段に疵をつけてきました。そのうち、人生を卒業することになりますが、ここでも登って来た階段に、疵をつけたままになってしまうのかと思うと、宿命的な業を覚えます。


湧水の美味し甲武の山笑ふ  (2023.5.11 読売新聞入選)

甲武信岳

甲武の山々はフォッサマグナの東端に位置し、各所の断層崖からは湧水が流れ出しています。太古の地殻変動を思い起こし、登山者の喉を潤しています。


歩荷(ぼっか)ゆく春の木道は二尺巾  (2023.5.13 読売入選)

NHKテレビ「小さな旅」で視た光景です。レポーターの山本哲也が、自分の体重よりも重い荷を背負った歩荷に会い、これから山小屋がオープンするということを知ったというシーンです。山の春の訪れを歩荷に託して詠んでみました。


水底に影が影追ふ流し雛  (2023.5.20 読売新聞佳作入選)

(評)雛祭りの夕方、紙などで作った雛人形を川に流す風習がある。澄み切った川の底には流し雛の影が映り、次から次へと流される流し雛の影が追っているのが鮮やかに映って見えた。(能村研三)


春惜しむ夜のまだ浅き大埠頭  (2023.6.10 読売新聞入選)

10年ほど前、家内が倒れる前年ですが、私たち夫婦は横浜の大埠頭よりサン・プリンセスという大型クルーズ船で、西日本の温泉地を10日で廻るという船旅に出ました。船が埠頭を離れたのは夕刻、埠頭では出航を祝うセレモニーが行われ、それを乗船客はデッキで見守ったのでした。なんとも楽しい船旅でした。

菜の花や水より暮るる汽水域  (2024.4.13 読売新聞入選)