連句(55)

連句(55)『夕菅の巻』
令和8年7月21日(火)〜7月23日(木)
連衆 紀子 二宮 典子 游々子 初美 

(発句)   ヴィーナスの出で夕菅の全開に       紀子
三瓶山に行きました。西の空に金星が出る頃、昼間はうなだれていた夕菅がとても幻想的で美しく咲いていました。

(脇句)   草原の風汗を払いて            二宮
涼しそうな山を感じました。

(第三句)  車窓より遠くに見ゆる海岸線        典子
山から海へ景色を移しました。

(第四句)  異常気温に燃える副首都          游々子
今日大阪は37度の予想になっていますね。    

(第五句)  月沈む無音の闇を従へて          紀子
蓮の開花の事から思った景色です。

(第六句)  銀杏拾ひポケットに入れ          典子
前句の無音の闇より、銀杏の落ちる音割れる音を連想しました。

(第七句)  栃の葉のなぜか老人風情あり        二宮
田舎近くに大栃という町あり、また栃錦と言う相撲取りが好きで、栃が馴染みありました。実はあまりしりません。

(第八句)  子に馬鹿と言はれしこと秋思        初美
また食パンを買って怒られてます。

(第九句)  人を恋ふ熱と侠気は四分六分        游々子
与謝野鉄幹の「人を恋うる歌」の中の一節『友を選ばば書を読みて六分の侠気四分の熱』のパロディです。この歌は三高の寮歌になっていました。

(第十句)  法然院でデートを重ね           典子
鉄幹、三高、恋の句から歌人の永田和宏河野裕子夫妻のことを思い出しました。法然院が学生時代のお二人のデートコースだったそうです。

(第十一句) 谷崎の墓ある寺に友の夫婦と        二宮
谷崎潤一郎の墓は法然院。一度訪ねました。1.2年の下宿は黒谷も近い。その下宿勝手に引越し、下宿のおばさんにはさんざん悪く言われてたと、聞きました。お礼に尋ねた僕の母親も「あんたの息子は最低の箸にも棒にもかからん学生どす」と、言われたらしい。

(第十二句) 「空」「寂」の語の静かな余韻        紀子
谷崎の妻の墓は「空」 谷崎の墓は「寂」どちらも自然石に刻まれています。

(第十三句) 人多き銀座通りの冬の月           典子
静けさを感じた前句より移動して、賑やかな街の様子を連想しました。

(第十四句) 蒼天を刺す瞬のスノボー           游々子
銀座に隣接する日銀本店が金座跡にあることより、金メダルに沸いたミラノでのスノボー競技を連想しました。

(第十五句) 茶の席に別のわたしの背筋立つ        二宮
NHK英語で茶道という裏千家の番組を見てて、茶道が好きな人は、所作の中で別の自分を見つけているのか?とふと思いました。僕はお茶は全く無縁ですが、連歌の座にもそういう側面がありますかね?

(第十六句) 父の好物練り切り供へ            典子
前句茶の席より和菓子を連想しました。

(第十七句) 靖国の霊の鎮もり初桜            紀子
花の座だったので、前句の「供へ」から、靖国の標本木を思いました。

(第十八句) 咲かぬままにて散りし民あり         二宮
人が咲く世の中を願いますね。

(第十九句) 春の海エーゲの白き鐘響く          游々子
前句の「民」より、紀元前に東地中海で活躍した海の民を連想しました。

(第二十句) 古代を馳するクルーズの旅          典子
いつかクルーズ船の旅を経験してみたいです。

(第二十一句)眠る人あり箸墓に風騒ぐ           游々子
前句の「古代」と「クルーズ」より、魏使の邪馬台国への長旅に思いを馳せました。

(第二十二句)渤海湾よりツングース来る          二宮
女真族とも言われた満州族ですか。韃靼とも言われた?

(第二十三句)峠では先ず見つけたり心太          游々子
芭蕉さんには悪いけれど、世の中は花より団子です。

(第二十四句)珍道中の旅の涼しき             紀子
前句が俳諧味あったので、そこから想像しました。

(第二十五句)母と祖母全身ではね喜ぶ子          二宮
よく見る姿ですが、微笑ましい。

(第二十六句)水みくじ手に生田の池へ           紀子
子どもは成長し恋する年齢に。縁結びの生田神社(神戸)には恋占の水みくじがあるようです。

(第二十七句)紙漉きの職人技に魅せらるる         典子
おみくじが書かれている紙は和紙だろうと思い、そこから紙漉きを連想しました。

(第二十八句)乱世の便りなりし古文書           紀子
紙漉きから昔は貴重だった紙を思い、そこから古文書を連想しました。

(第二十九句)奸雄の名馬いななく月千里          游々子
乱世の奸雄といわれた魏の曹操の詩『老いたる馬は厩舎に伏すといえども、その志は千里の先にあり』を踏みました。

(第三十句) 大草原に秋風乱る              二宮
名馬から草原のイメージ。

(第三十一句)菊人形の動き出しさう殿と姫         典子
大陸の草原から日本の秋の風物詩の景に移りました。

(第三十二句)十文払う馬入の渡し             游々子
菊人形より番町皿屋敷のお菊を連想しました。お菊の躯を引き取った父親は、馬入川(相模川)の川役人をしていて、菊塚が平塚に造られています。馬入の渡船は10文で、1両を10万円として換算すると、10文の渡船賃は現在価格で250円となります。

(第三十三句)譲られし帯締め午後の歌舞伎座へ       典子
前句の番町皿屋敷より歌舞伎を連想しました。

(第三十四句)橋の灯りの揺れて現に            紀子
午後の歌舞伎座から、京都の南座の前の四条大橋へ移り、舞台のはねて現実に戻った心地を詠みました。

(第三十五句)はなふぶき夢前川にゆらゆらと        二宮
ゆめさき川は姫路雪彦山が源流の川です。夢うつつということで。

(挙句)   光る若鮎夏は来りぬ             游々子
毎年川を遡上する若鮎の群には、生命の躍動・自然の摂理を感じます。