鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第五章 駿府(13)

定まるもの

朝の光は、すでに差していた。

屋敷の奥は、静かである。

広い庭の向こうに、館がある。

高くはない。

だが、広い。

土塁と堀に囲まれたその内は、
整えられ、無駄がない。

戦のためだけの場ではない。

政の場であった。

四人は、座敷に控えていた。

言葉はない。

ただ、待つ。

やがて、気配が変わる。

人が来る。

足音は、静か。

だが、迷いがない。

障子が開く。

一人の男が入る。

飾りはない。

だが、その場が締まる。

この地の主――
今川氏親である。

四人は、深く伏した。

氏親は、何も言わない。

ただ、座る。

一拍。

やがて、声が落ちる。

「これか」

書付を手に取る。

広げる。

目を走らせる。

一度。

それで足りた。

静かに、紙を閉じる。

「……偽りだな」

断じた。

迷いはない。

創作小説の挿絵

三之助が、伏したまま答える。

「左様にございます」

氏親は、わずかにうなずく。

それ以上は問わない。

すでに、見ている。

文の形、言葉の癖、
そこにある意図。

すべてを。

「よく持ち参った」

短く言う。

それだけであった。

だが、その一言に、重みがあった。

四人は、さらに深く頭を下げる。

氏親は、書付を脇に置いた。

「内を正す」

ぽつりと、言う。

「疑いを疑いのままにせぬ」

「法をもって定める」

その声は、大きくはない。

だが、揺るがない。

「家中、乱るるは、外の敵よりも深い」

言葉は少ない。

だが、すべてを含んでいた。

「争いは、起こさせぬ」

断じる。

それで、決まった。

四人は、顔を上げない。

ただ、その言葉を受けている。

氏親が、最後に言う。

「下がれ」

それだけであった。

四人は、静かに退出した。

廊を戻る。

庭に出る。

朝の光が、広がっている。

権太が、息を吐いた。

「終わったか」

玄之助が言う。

「いや」

三之助が答える。

「始まったんや」

朔太郎は、振り返った。

館は、変わらずそこにある。

だが、その中で、何かが定まった。

そう感じた。

やがて、四人は歩き出す。

門を出る。

町へ。

その先へ。

――後に、この地では、

法が整えられ、
家中の規律が定められた。

誰にも読める言葉で、
誰にも従うべき形で。

それは、争いを未然に防ぐためのもの。

内を固めるためのもの。

やがて世に知られることとなる、
今川の領国を支える定めであった。

四人は、それを知らない。

ただ、自らの道を行く。

次は、東。

鎌倉。

争いは、まだ終わっていない。

だが――

火は、一つ消された。

今川氏親が定めたものは誰もが読めるよう仮名で書かれたことにより「今川仮名目録」と呼ばれています。その内容は、家臣の規律 ・裁判の基準 ・私闘の禁止 ・所領支配の明確化となっていて、この領国令が今川が戦国大名としてステップ・アップする基礎となりました。次の代の今川義元が敗死しなければ、日本の近世はまた違ったものになったと思い、残念な限りです。