俳句的生活(338)善通寺(2)ミニ八十八ヶ所

善通寺のお寺の西側に香色山というお椀を伏せたような小さな山があります。その麓を一周するように八十八体の石仏が配置されていて、それらを繋ぐ1.6kmの遊歩道が整備されています。

ミニ八十八ヶ所の石仏
善通寺市観光協会HPより

私はおよそ30年前に家内と二人で善通寺を訪れ、ふとしたことからこのミニ八十八ヶ所を一時間かけて廻ったことがあります。善通寺で生まれ育った私ではありましたが、子供の頃にこのようなものがあったという記憶が全くなく、迂闊にもその頃は、軽薄なバブルの時期に造られた産物と思ってしまったのですが、石仏からは古い印象が残っていたので、改めて調べてみると、なんと江戸時代に造られたものであることが判明して、驚くやら嬉しくなるやらでこの稿を記している次第です。

「善通寺史」によれば、起源は寛政十年(1798)とかで、天霧山城主であった香川氏に仕えた家臣の末裔が、200年前に秀吉の四国攻めで滅んだ先祖の供養と衆生済度のため香色山に八十八ケ所を勧請したとなっています。

天霧山とは善通寺と多度津との間にある山で、戦国時代には西讃岐に覇を唱えた香川氏の居城となっていたところです。世の中は狭いというべきか、茅ケ崎に香川という地区があるのですが、香川史誌には香川という地名の由来はその地から四国に渡った香川氏の名から付けられたとのことです。

今回色々と調べたところ、石仏は一度に造られたものではなく、寛政十年以前に造られていたものが善通寺の中や附近に置かれていて、それが寛政十年ごろに集められ、更には不足分が造られて、香色山の麓に八十八ヶ所として配置されていったというのが真実のようです。

ところで、ミニ八十八ヶ所巡りというのは善通寺以外にもあるのですが、決定的な違いはそれらは明治から昭和にかけて作られたパフォーマンス色が強いもので、信仰に基づく江戸時代のものは善通寺だけという点です。善通寺のお寺の建物のほとんどが明治以降のものであることを思えば、このミニ八十八ヶ所の石仏こそが、善通寺の歴史を色濃く語るものではないかと思ってしまうのです。