鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第五章 駿府(11)

偽りの令旨

夜は、まだ明けていなかった。

四人は、町外れの小さな廃屋に入っていた。

壁は崩れ、風が抜ける。
だが、人の気配はない。

三之助が戸口に立ち、外を見張る。

「異変はない」

短く言う。

朔太郎は、灯をともした。

小さな油皿の火が、揺れている。

その明かりのもとで、
懐から、あの書付を取り出した。

細長く折られた紙。

ゆっくりと開く。

創作小説の挿絵

紙の擦れる音が、妙に大きい。

権太が身を乗り出す。

「それか」

玄之助も、覗き込む。

「読め」

三之助が、先に目を走らせた。

一行、二行。

その目が、わずかに細まる。

「……巧い」

低く言う。

朔太郎が問う。

「本物か」

三之助は、首を横に振った。

「違う」

「偽令旨や」

一言。

そして続ける。

「本来は宮の御意を伝える文や」

朔太郎が言う。

「令旨では以仁王のがあったな。」

三之助がうなずく。

「平家を討てと呼びかけた檄文、あれは本物やった」

「一つの文で、世が動いた」

権太が低く唸る。

「そんなもんを……偽るか」

三之助が言う。

「それが今の世や」

朔太郎は、文に目を落とした。

そこに書かれているのは――

今川の家中に向けた文。

当主の政を暗に責め、
家督の “正しき在り方” を問うている。

朔太郎が言う。

「今川を割る」

三之助が答える。

「それだけやない」

文の下を指す。

「もう一つある」

玄之助が身を乗り出す。

「何や」

三之助が言う。

「関東や」

朔太郎の目が、わずかに動く。

「上杉か」

三之助は、静かに続けた。

「すでに割れとる」

「それを、さらに煽る」

権太が言う。

「内輪揉めを大きくするんか」

「そうや」

三之助はうなずく。

「その一方を、駿河へ引き寄せる」

玄之助が息を呑む。

「結びつけるんか……」

朔太郎が、低く言う。

「駿河と相模を、戦場にする」

三之助が答える。

「そういうことや」

灯が、大きく揺れた。

権太が、拳を握る。

「……でかいな」

玄之助が言う。

「今川も上杉も、内から割って……」

「ぶつける」

朔太郎が、言葉を継いだ。

「第二の乱か」

三之助が、静かに言う。

「応仁の乱の焼き直しや」

沈黙が落ちる。

風の音だけが、外を流れる。

権太が言う。

「誰が得する」

三之助が答える。

「京や」

一言。

「火をつけるだけ」

玄之助が、吐き捨てる。

「後は勝手に燃えろ、か」

朔太郎は、文を見つめていた。

やがて、ゆっくりと言う。

「止める」

三之助が目を向ける。

「どうやってや」

朔太郎は、文を畳んだ。

「知らせる」

権太が言う。

「誰に」

朔太郎は、迷わず答えた。

「今川の当主に」

「氏親殿に」

玄之助がうなずく。

「それしかないな」

三之助が言う。

「早い方がええ」

朔太郎が立ち上がる。

「急ぐ」

その声に、揺らぎはない。

権太が笑う。

「ようやく筋が見えたな」

玄之助も立つ。

三之助は、最後に灯を見た。

「消せ」

朔太郎が火を落とす。

闇が戻る。

四人は、外へ出た。

夜は、まだ深い。

だが、その先にあるものは、
すでに見えていた。