鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第五章 駿府(4)

都の名残

東海道を外れた道は、
思っていたよりも荒れていた。

踏み固められてはいるが、
雨が降ればぬかるみ、
晴れれば土埃が立つ。

道標も、ところどころに立つだけ。

宿というものも、
定まった形はない。

村に入れば、
軒を借りることもある。

寺に頼ることもある。

野に寝ることも、
珍しくはなかった。

「……やれやれやな」

権太が、肩を回した。

鎖鎌の鎖が、かすかに鳴る。

「よう歩いたわ」

玄之助も、棒を地に突いて息をつく。

「脚が、まだ動いとるのが不思議や」

朔太郎は、足元の土を見た。

草履の紐は擦り切れかけている。

腰には、刀。

その下に、小さな袋が結わえられている。

中には、銭。

永楽通宝を紐に通したものが、
わずかに音を立てる。

旅の間、
それが命綱だった。

だが、それも多くはない。

三之助が言った。

「使いどころを誤るな」

やがて、道の脇に
小さな茶店が見えた。

葦簀を張っただけの屋根。

板を渡した腰掛け。

だが、そこに人の気配がある。

「……助かったな」

権太が言った。

その声には、はっきりと安堵があった。

四人は、ほとんど同時に腰を下ろした。

媼が、奥から出てくる。

背は曲がっているが、
目はしっかりしている。

四人を見るなり、
ふっと表情がやわらいだ。

「まあまあ……よう来なすった」

やわらかな声だった。

「遠いところからでございましょう」

朔太郎が軽く会釈する。

「はい。西の方より」

「それはそれは……ずいぶんご苦労なことでございますな」

媼は、すぐに湯を注ぎ始めた。

「今、あったかいお茶をお持ちいたしますでな」

手つきに無駄がない。

四つの茶碗と、
餅を載せた皿が並ぶ。

創作小説の挿絵

「さ、どうぞ」

「粗末なものですが」

権太が、待ちきれずに手を伸ばす。

「おお、甘そうやな」

「いただくで」

玄之助も続く。

「これは助かる」

一口で、顔がほころぶ。

「うまいな」

媼が微笑む。

「安倍川のものでございます」

「このあたりの名物でして」

朔太郎は、ゆっくり口にした。

甘みが、疲れた身体に沁みる。

三之助は、茶を一口すすった。

媼が、四人を見回した。

「お若いのに……」

「ただの旅とも見えませぬな」

権太が笑う。

「なりゆきや」

「歩いとったら、ここまで来てもうた」

玄之助が言う。

「道も、えらいもんやったで」

媼は、うなずいた。

「昔から、そうでございます」

「この道は、人も物も通りますが」

「楽な道ではございません」

そして、少し声を落とす。

「ですがね」

「この駿府は……少し違いますでな」

朔太郎が、顔を上げる。

媼は、通りの方を見た。

「都の方が、よう来ておられます」

「京から流れて来なすったお方が」

三之助が、静かに問う。

「住みついておるのか」

「ええ」

「武の町でございますが」

「妙に雅なところがありまして」

媼は、少しだけ言葉を切る。

「それが、よろしいのかどうか……」

しばらくして、ぽつりと言う。

「……いろいろと、動きもございますでな」

玄之助が顔を上げる。

「動き?」

媼は、あたりを見回した。

「殿様に、逆ろうような者が」

「妙なことをしよる、という話も」

朔太郎の目が、わずかに細くなる。

三之助は、何も言わない。

媼は、すぐに笑顔に戻った。

「まあ、わたくしのような者が申すことではございませんが」

「どうぞ、お気をつけなされませ」

権太が立ち上がる。

「世話になったな」

玄之助も言う。

「助かったで」

朔太郎は、銭を取り出した。

紐に通した永楽通宝が、かすかに鳴る。

媼は手を振る。

「そんなに結構でございます」

「道中のお足しになさってください」

だが、朔太郎は静かに置いた。

「いただきました」

三之助が言う。

「行くぞ」

四人は、再び道へ出た。

今度は、ただ歩くだけではない。

この町の中に、何かがある。

まだ形にはならない。

だが、確かに動いているものがある。

背中には茶の香が残ったままであった。